こんな小説を書いたのははじめてだ――。村上龍文学の新たな傑作、待望の文庫化。
本書の原稿を執筆し終えたときのことを、村上龍さんは「こんな小説を書いたのははじめてだと、しばらく茫然としていました。はじめてだし、二度と書けないだろうと思いました」と書いています(短い「あとがき」より)。
"こんな小説"は、小説家の「わたし」が、飼い猫のタラから「あの女を捜すんだ」と話しかけられる場面から始まります。あの女とはいったい誰なのか? そして「わたし」は、あの女とともに過去へと向かう列車に乗り込みます。そこには驚くべき世界が待ち受けていました。
さらに、彼女との出会いをきっかけに、「わたし」にはかつての自分を見つめる「母」の声が聞こえるようになります。幼い頃飼っていたシェパードの子犬、母と過ごした日曜日の図書室、中学生の時の作文、デビュー作となった小説......作家・村上龍を追ってきた人たちなら、本文庫の258ページの"ある一節"に出会った瞬間、鳥肌が立つことでしょう。
作家としての自らのルーツへと迫る長編小説は、まさに村上龍文学の新たな傑作と呼ぶのにふさわしい作品です。「二度と書けない」と著者自らを唸らせた小説世界を、ぜひ体験してみてください。
2022年10月16日 今月の1冊