江戸の「本屋」蔦屋重三郎は、めざましい活躍を見せた出版人でした。山東京伝や滝沢馬琴、十返舎一九、喜多川歌麿といった才能を見出した蔦屋重三郎。まさに江戸一有名な版元でした。
ところが、重三郎の活躍をよく思わなかった人物がいました。老中松平定信。彼に目をつけられた結果、蔦屋は厳しく取り締まられ、まったく身動きできなくなります。時の権力に理不尽に商売を潰された重三郎。40歳過ぎの屈辱でした。
だが、彼は沈まなかった。密かに大企画に取り掛かります。老中の意表を突き、「蔦屋重三郎、ここに復活!」といえるような絶対企画。それが「東洲斎写楽」のプロデュースだったのです。時は45歳。重三郎が死ぬまで、残り3年の大仕事でした。
写楽といえば謎の絵師。しかし本書の読みどころは、写楽の謎解きではありません。
蔦屋重三郎が、いかに「写楽」を前代未聞の絵師として作り上げ、「写楽」刊行を実現させたのか。本書は、いわば「写楽」プロデュースの内幕を描いただけでなく、時の権力や、時代の流れに抗った「一人の本屋」の物語でもあるのです。
とくに冒頭で「プロジェクト写楽」が動き始めるあたりは、「ページを繰る手が止まらない」と評論家の細谷正充さんも絶賛です。中盤からはスパイコンゲーム風、そして「写楽抹消」の最終盤は、まさかのどんでん返し......。
デビューから10ヵ月。「写楽」は絵だけを残し、忽然と姿を消します。それから2年余りのち、蔦屋重三郎は写楽プロジェクトの謎を抱いたまま亡くなりました。享年48。「出版人としての矜持」を守り切った重三郎の戦いとは――。稀代の「本屋」の心意気に胸躍る傑作です。
野口卓『からくり写楽―蔦屋重三郎、最後の賭け―』(新潮文庫)は発売中です。