日本のエンターテインメント文学を代表する文学賞、直木三十五賞。
毎回、実力作がしのぎを削り、選考では意見が割れることも珍しくありません。そんななか、2024年に満場一致で受賞を果たしたのが、このたび新潮文庫より刊行された河崎秋子さん『ともぐい』です。「迫力があり、とにかく圧倒される」と選考委員を唸らせ誰もがその受賞を認めた、圧巻の一作でした。
舞台は明治後期の北海道。山の王者である熊に、村田銃と一匹の犬だけを伴い挑む男・熊爪の姿を描いた本作。時に瀕死の重傷を負いながらも、執念深く、情け容赦のない最強の熊を追い続けるのは、己の生きた証を見出すため──。やがて熊爪は、真意の読めない盲目の少女との出会いやロシアとの戦争に向かう時代の変化の波に戸惑いながらも、生きる意味を求め、熊との壮絶な対決へと自らを追い込んでいきます。
命とは、生を喰らうとは、何なのか。
根源的な問いを私たちに突き付けながら、抗えない運命の皮肉までも謳い上げた堂々たる物語です。
このたびの文庫化に際し、探検家の一面も持つノンフィクション作家・角幡唯介さんに、解説を寄せていただきました。
〈以下「解説──自然との調和という毒薬」(角幡唯介)より一部抜粋〉
もし深い森の奥で赤毛の大熊におそわれたとき、自分は熊爪のように毅然と死をうけいれることができるだろうか。みずからの負債を自然界に返済することに納得できるだろうか。それともみじめに狼狽え、背中をむけて逃げ出そうとするのだろうか。
それはわからない。いまはただ山にもどって、躍動する生命と森の空気に全身を浸したいと切望するだけだ。無慈悲でもあり優しくもある山。そこでしか生きられなかった熊爪の気持ちが、私にはよくわかる。
北海道の地で厳しい自然と直に触れながら言葉を紡ぎ続けてきた著者だからこそ描ける、人間と獣たちの業と悲哀が、心を揺さぶってやみません。
ぜひ文庫化となったこの機会に、名だたる選考委員を圧倒した傑作をお楽しみください。
































