【新連載】高橋源一郎 三宅 唱
【創作】有賀末来「まぶしい放物線」 芝 夏子「通りすがりの」
新潮 2026年12月号
(毎月7日発行)
| 発売日 | 2026/11/06 |
|---|---|
| JANコード | 4912049011267 |
| 定価 | 1,300円(税込) |
【新連載小説】
◆ダザイくんとタニザキさん(第1回)マツオカくんとシマザキさん/高橋源一郎
昭和二十年、燃える東京を見て『先祖の話』を書き始めた柳田國男は、ある夜、夢で昔の文学仲間らと再会する。柳田はかつて松岡の名で歌を詠み、詩を書いていた──『DJヒロヒト』を継ぐ巨篇、開幕!(挿絵・矢作俊彦)
【創作】
◆まぶしい放物線(130枚)/有賀末来
河合善煕、中学二年生。父さんは日本語、母さんは韓国語を話し、姉は扉の奥でチェロを弾き続ける。折り紙で蛙を作る級友の存在が気になるが、その気持ちもまだ言葉にはならない。静謐な筆致で切り取る、思春期の瞬間。
◆通りすがりの(200枚)/芝 夏子
原因不明の腹痛を診てくれた佐藤先生は、わたしの退院を見届け病院を去った。緑内障を発見した眼科医、完治した右腕を伸ばせないままの少年。痛みとともに他者との関係を手繰り寄せる、濃密な身体性がみなぎる飛翔作。
【対談】
◆異なる路線を乗り継ぐように──『歯ごたえと喉ごし』をめぐって/滝口悠生×奥泉 光
繋がるはずのないもの同士の接続。恣意性の引き受けかた。方法論の違いが、語りの多様性へと結びつく。
【新連載コラム】
◆街と映画(第1回)高架と雪/三宅 唱
十代の頃、地元・札幌で味わった、映画監督としての原体験。失われた風景を交えつつ振り返る、今に至る道。
【評論】
◆死は死ぬことのないものを殺すことはできない──草間彌生論/斎藤 環
精神の疾患を抱えていた草間は、しかし、アウトサイダーではない。病跡学の見地から九十七年の闘争に迫る。
◆木、傷、森──埴谷雄高と失われた場所について/濱本 奏
埴谷に共感を覚えていた私は、妻の叫びを目にして以来、その著書を読めなくなった。小高での五年間の記録。
◆彼女はなぜ、校閲者でなければならなかったのか──映画『すべて真夜中の恋人たち』鑑賞記/牟田都子
【連載評論】
◆数学する惑星(第5回・完)計算の水辺で/森田真生
【連載対談】
◆教室で読む文学(第10回)魯迅「藤野先生」/池澤夏樹×田口耕平
【随筆】
◆詩というかたちで現れた、時間を飛び超える書物──アン・カーソンのノーベル文学賞受賞に寄せて/青柳菜摘
◆スタンダップの未来の話/こたけ正義感
【追悼 黒井千次】
◆三十四年前の北京秋天/佐伯一麦
◆目と時間/田中慎弥
【リレーコラム 街の気分と思考】
◆田舎のほうがアナーキー/ブレイディみかこ
◆犬と歩けば/宇垣美里
【新潮】
◆アニメ映画監督の夢/門脇康平
◆トヨタ/古賀及子
◆生の〈もう一回〉性へ/瀬口真司
◆私を通り過ぎた女たち/土門 蘭
◆充実の発生点・糸杉の死/藤倉麻子
【特別書評】
◆伝説の姉妹をめぐる壮大な実験──アニエット・ダーニエ『コウノトリとラクダの歌』(長山さき 訳)を読む/小川公代
【書評委員による 私の書棚の現在地】
◆藤原亮司『ガザ、パレスチナ、ひとりひとりの日常』、フランチェスカ・アルバネーゼ『世界が眠っているあいだに』(原口昇平 訳)、糸川乃衣『切り刻まれた世界で、窓からの眺めを交換する』/小山田浩子
◆大江健三郎『洪水はわが魂に及び』『文学ノート付=15篇』/鈴木結生
【本】
◆鴻池留衣『本当にあった話(の話)』/金子鈴幸
◆西川美和『わたしの知らない子どもたち』/寺尾紗穂
◆朝吹真理子『閉じた目』/豊永浩平
◆鈴木結生『人にはどれほどの本がいるか』/仁科 斂
◆長瀬 海『僕と「先生」』/松家仁之
【連載コラム】
◆うたと夢の出会う場所(第10回)/大森静佳
◆光源の旅(第10回)/石川直樹
【連載小説】
◆幻の熱帯雨林(第5回)/多和田葉子
◆マキノ(第8回)/高村 薫
◆痴れ者(第12回)/上田岳弘
【連載評論】
◆大瀧詠一と私(第7回)/湯浅 学
◆独りの椅子──石垣りんのために(第27回)/梯 久美子
◆小林秀雄(第134回)/大澤信亮
第59回新潮新人賞 応募規定
執筆者紹介
この号の誌面
編集長から
高橋源一郎「ダザイくんとタニザキさん」
三宅 唱「街と映画」
◎『DJヒロヒト』を継ぐ高橋源一郎氏の長篇連載を開始する。今作でも昭和史を舞台に名だたる文学者の群像劇が展開するが、初回の主役は題名に掲げられた二人ではなく、民俗学の父・柳田國男である。冒頭、五十二歳の柳田は自宅に溢れかえる蔵書に不満を述べる家族に対し「本たちはおとうさんの『あたまの中』そのものなんだ」と弁明する。そこから物語はさらに過去へ遡り、文学青年として書物に耽溺する十四歳の柳田の姿を捉えるだろう。次第に自分でも何か書いてみたくなり和歌を投稿した雑誌「しがらみ草紙」の主宰は、かの森鴎外だった◎三宅唱氏による新連載で明かされるのも、中学時代の創作の初期衝動だ。友人と撮った、たった三分の短篇映画。階段での追いかけっこの場面で、撮り方と編集を工夫すれば四階建ての校舎をどこまでも延伸できることを発見した彼は、自分たちが天才だと確信したという。その少年は自らが将来、世界的に注目される映画監督になるとはまだ知る由もない。
編集長・杉山達哉
バックナンバー
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雑誌から生まれた本
新潮とは?

文学の最前線はここにある!
人間の想像力を革新し続ける月刊誌。
■「新潮」とはどのような雑誌?
「新潮」は日露戦争の年(1904年)に創刊された、百歳を超える文芸誌です。現役の商業文芸誌としては世界一古いという説があります(ただし第二次大戦中は紙不足のため数号、関東大震災のときは1号だけ休刊)。その歴史の一端は小誌サイト内にある〈表紙と目次で見る「新潮」110年〉でご覧ください。
■革新し続ける文学の遺伝子
もちろん古いことと古臭いことはまったく別です。百余年にわたり、たえず革新を続けてきたことこそが「新潮」の伝統であり、その遺伝子は現編集部にも確実に引き継がれています。ケータイ小説やブログ、あるいは電子配信、電子読書端末まで、いまだかつてない〈環境変動〉がわたしたちの生に及びつつある今、時代精神を繊細に敏感に感じ取った小説家、批評家たちが毎月、原稿用紙にして計1000枚以上(単行本にして数冊分)の最新作を「新潮」を舞台に発信し続けています。
■日本語で表現されたあらゆる言葉=思考のために
デビュー間もない20代の新人からノーベル賞受賞作家までの最新作がひとつの誌面にひしめきあうのが「新潮」の誌面です。また、文芸の同時代の友人である音楽、映画、ダンス、建築、写真、絵画などの領域からも、トップクラスの書き手、アーティストが刺激的な原稿を毎号寄せています。文芸を中心にしっかりと据えながら、日本語で表現されたあらゆる言葉=思考の力を誌面に結集させたい――それが「新潮」という雑誌の願いです。













































