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新潮文庫メールマガジン アーカイブス


 古今東西に「名画」と呼ばれる絵は数多ありますが、その多くにモデルがいます。ピカソには「7人のミューズ」がいたとされ、付き合う女性が変わるたびに画風が変わったと言われていますし、日本では岸田劉生が繰り返し描いた娘・麗子が有名です。また、画家とモデルの関係は異性同士に限りません。ルネサンス時代のヨーロッパでは、君主が自らの権力を示すための肖像画を画家に注文することがよくありました。この場合のモデルは画家にとって有力な顧客になるので、厳しい緊張関係をはらむものだったでしょう。

 本作『画家とモデル―宿命の出会い―』は、生涯独身を貫きつつ人知れず青年のヌードを描いた近代屈指の肖像画家ジョン・シンガー・サージェントや、身分違いの女公爵への恋文を絵に潜ませたスペインの宮廷画家ゴヤ、遺伝性疾患のために「半人半獣」と蔑まれた少女を描いたイタリアの画家フォンターナ、15年にわたり人妻と密会して描き続けたリアリズムの巨匠アンドリュー・ワイエスなど、不世出の画家たちが画布に刻みつけた、モデルとの濃厚にして深淵なる関係を読み解いた論集です。

 本書には府中市美術館での回顧展「眼窩裏の火事」も盛況だった画家・諏訪敦さんが解説を寄稿。〈巷では、「とにかく予見なしに絵を見て。感じて。好きだったらそれが貴方に用意された絵」といった、まるで画廊街のエウリアンが吐くような、感性まかせの作法が、正しい絵との向き合い方であるかのように蔓延っている。そう。戦後の日本人に実装されてきた教養は、この程度のものだったのだ。しかしながら私たちは心根ではこう思っていたはずだ。「そんないい加減な話があるものか」......だから中野京子の語りを待望する状況は、ずっと世の中に内在していたのではなかったか。豊富な表象文化の知見を備えながらも、平易な言葉で紹介する......そのなめらかさには、誰もが魅了された。彼女は「制作背景を知るともっと絵画は面白くなり、鑑賞体験も豊かにする」という、思えば至極まっとうな鑑賞の姿を広めてくれた功労者でもある〉という言葉を寄せています。本文とあわせてお楽しみください。

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2023年03月15日   今月の1冊


名探偵のいけにえ』で「2023本格ミステリ・ベスト10」ぶっちぎりの第1位を獲得し、いまミステリ界で最注目の著者、白井智之さんによる姉妹編『名探偵のはらわた』がついに文庫化されました。
 ちなみに『~いけにえ』も『~はらわた』も"姉妹編"あるいは「名探偵」シリーズと銘打っていますが、それぞれ独立した長編ミステリですので、どちらからお読みいただいてもお楽しみいただけます。
 綾辻行人氏に「鬼畜系特殊設定パズラー」の称号を与えられた著者・白井智之さんですが、「名探偵」シリーズでは、いわゆる"エロ・グロ"な要素は非常に控えめで読みやすいです。その分、二度読み必至の鮮やかな伏線回収や、緻密なロジックによる美しい多重解決といった、本格ミステリの神髄ともいうべき魅力がたっぷりと味わえるシリーズとなっております。
 ミステリ好きなら必読です。読んだら感想を言い合いたくなること必至。文庫化を機に、ぜひクセになる魅力の白井智之さんのミステリの世界をお楽しみください。

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2023年03月15日   今月の1冊


 ドアスコープで覗いたような目線の隠れた不穏な男の子のイラストと『#真相をお話しします』というタイトルをTVやニュースで目にした方も多いのではないでしょうか? 昨年夏の発売以来、口コミで話題沸騰、メディア殺到で一躍大ベストセラーになった連作短編ミステリーです。
 その『#真相~』の著者、いま最も注目されている新鋭・結城真一郎による傑作長編『プロジェクト・インソムニア』が、ついに文庫化しました。
 極秘人体実験「プロジェクト・インソムニア」の被験者たちが次々と"夢の中"で殺されていく......果たして殺人鬼の驚愕の正体は――!? という手に汗握るサスペンスミステリーです。
 ちなみにですが、文庫『プロジェクト・インソムニア』の帯には、『#真相をお話しします』が「10万部突破」と載せましたが、帯のデザイン確定から文庫発売までの間に、「めざましテレビ」で紹介され再び大ブレイク! さらには「本屋大賞」ノミネートが発表され、瞬く間に「20万部突破!」となりました。『#真相~』をお読みになった方も、まだの方も、文庫で手軽に手に取れる長編ミステリー『プロジェクト・インソムニア』をぜひお楽しみください。決して損はさせない大満足の読後感を保証します。

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2023年02月15日   今月の1冊


 亡き友人、高堂の家を預かる作家の綿貫征四郎。その家の周りにおこる不思議な出来事を静かにつづった梨木香歩さんの名作『家守綺譚』は、その続編である『冬虫夏草』とともに、数々のファンを生み出したベストセラーとなりました。
 この『家守綺譚』に姉妹編の作品が存在するのをご存じですか? それが今回、新潮文庫版が刊行された『村田エフェンディ滞土録』です。
 主人公は、綿貫の友人である村田。彼は考古学の勉強のため、19世紀末のトルコ、スタンブールに留学中です(エフェンディとは学問を修めた人間に対する敬称)。イギリス人のディクソン夫人が営む下宿に、同じく留学生であるドイツ人のオットー、ギリシア人のディミィトリスとともに暮らし、友情を深めていきます。村田の身の回りに起きるできごとは、『家守綺譚』同様不思議がいっぱい。異国の人々や人ならぬものとの交流しながら、学びを続ける村田でしたが、突如日本からの帰国命令が下ります。やがて、日本で暮らす村田に届いた報せとは――。

 物語の舞台は19世紀末~20世紀初頭。村田が暮らしたトルコもまた、不安定な政情にありました。やがて第一次世界大戦が勃発し、村田の友人たちも国同士の争いごとに巻き込まれていくことになります。
 美しく豊かな青春の日々と、国と国とに引き裂かれる友情。誰もが胸を打たれずにいられない結末には、号泣必至です。

 そして今回の新潮文庫版刊行にあたっては、著者によるあとがき「あの頃のこと」が付け加わりました。このあとがきを読むと、『村田エフェンディ滞土録』はいかにして書かれることになったのか、著者はどうして当時のスタンブールをこれほどリアルに描くことができたのかがわかり、ファンは必読の内容となっております。

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2023年02月15日   今月の1冊


「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」シリーズなど、大人気時代小説を数々手がけ、旅や食、映画といった人生の楽しみを味わう名エッセイも多く残した、大作家・池波正太郎。今年2023年は、池波正太郎の生誕100年にあたります。
 100周年を記念してこのたび新潮文庫から刊行された作品が『まぼろしの城』です。新潮文庫には、激動の戦国時代を生き抜いた真田昌幸、幸村、信之の親子を描いた大河小説『真田太平記』全12巻をはじめ、直木賞を受賞した「錯乱」が収録された『真田騒動―恩田木工―』、『真田太平記』の後日譚に当たる『獅子』などの、いわゆる「真田もの」が集められていますが、この『まぼろしの城』は、実は『真田太平記』の前日譚とも呼べる作品です。

 舞台は上野国、沼田城。城主であり猛将と謳われた沼田万鬼斎は、我が子を跡取りにと目論む愛妾であるゆのみと、その父親である金子の奸計によって、一族に混乱を引き起こします。跡取り争いに巻き込まれた城はやがて、上杉謙信、武田信玄、そして真田昌幸らの狙うところとなり......。戦国時代の波にさらわれる一族の栄枯盛衰をドラマチックに描き、ラストでは『真田太平記』でも大いに発揮された真田昌幸のしたたかな存在感が強い印象を残します。
 池波にとってはライフワークでもあった「真田もの」の原点として、ファンは必読の戦国エンタテインメント作品。生誕100年を迎えた池波正太郎の世界にどっぷりはまるきっかけになる一冊です。

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2023年01月16日   今月の1冊