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今月の1冊


 塩野七生さんといえば硬質な筆致で古代ローマの歴史を描いた『ローマ人の物語』をはじめとした「歴史エッセイ」で知られていますが、大学の卒業論文は「イタリア・ルネサンス」について。デビュー作も、ルネサンス期イタリアの女傑たちを描いた『ルネサンスの女たち』でした。そんな塩野さんがルネサンスにかえってきました! しかも歴史エッセイではなく、歴史小説という形で――。

 1990年代に刊行した『緋色のヴェネツィア』『黄金のフィレンツェ』『黄金のローマ』の三作品を改題、30年の時を経て書き下ろし完結篇を加えた四部作の完全版として刊行します。かつて宝塚花組で上演された「ヴェネチアの紋章」の原作でもあり、ロマンスあり、殺人事件あり、スパイありの本格的歴史ミステリー小説全4巻! 新潮文庫10月新刊から4か月連続刊行となります。電子書籍も紙の書籍と同日配信となります。

 すべての巻に絢爛豪華なルネサンス世界を体現するカラー口絵を収録。その模様を動画に収めましたので、以下からご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=beepYi4v8yc

 本の総合情報サイト「BookBang」に刊行記念インタビューが掲載されています。こちらもあわせてお楽しみください。
https://www.bookbang.jp/review/article/640650

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2020年10月15日   今月の1冊


 日本史上、最強の武将といえば、織田信長を挙げる人が多いはず。しかし、じつは信長は最初から強者ではありませんでした。よく知られるように、「大うつけ」とそしられ、織田家は内紛も絶えない状況でした。
 では、分裂ぎみだった織田家は、なぜ戦国最強家臣団となれたのか。
 この謎を解く重要なキーマンこそ、本書の主人公、信長の弟・信行(信勝とも)です。

 信長の陰に隠れ、謀叛の罪で信長に討たれた弟、信行。分からないことが多い人物ですが、気鋭の歴史作家・霧島兵庫は、歴史の大胆な読み替えによって、説得力十分の歴史ドラマを描き出しました。
 知られざる信行の姿とは、彼が己の想いを封印して成し遂げたこととは、織田家最強への秘策とは......。信長への滾るような怒りや、兄のために己を殺す覚悟、そして紛れもない愛。誰よりも尚武に生きんと欲して燃えつきた信行の姿が、「圧巻」としかいいようのない物語となって胸に迫ります。
 兄弟の間に影を落とす信長の正室帰蝶も、きわめて重要な人物の一人。ですが、作家は帰蝶を「悪女」には描いていません。彼女もまた、戦国の男たちの間で孤独に必死に生きる一人の女性。生きることが困難な時代に男も女もなく、ただひたすらな想いと、一途な切望と、それぞれの戦いがありました。たとえそれが悲劇に終わると分かっていても......。戦場を描いて熱く、静寂の時を描いてなお熱い物語を、はたして固唾を呑まずに読めるでしょうか。

 戦いつつも互いを信じた信長、信行、帰蝶。担当編集者として、ゲラを読みながら何度も目頭を熱くしたことを告白します。嗚呼、心に食い込んで残る場面の数々......。まさに、すぐれた悲劇こそ小説の醍醐味であります。いや、これ以上は多言無用でしょう。どうぞご堪能ください。

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2020年09月15日   今月の1冊


 キックボクシングの王座決定戦、1000人の観客が見守る中、チャンピオンとなった青年が勝利の瞬間に崩れ落ち、そのまま死亡した。......なぜ?

 アルコール依存症の治療のため入院した人気ミステリー作家は、お酒を絶対持ち込むことがでいない病室で連日、泥酔を繰り返す。......なぜ?

 累計140万部突破の大人気シリーズ最新刊は、2つの不可解な「なぜ?」に天才医師・天久鷹央が挑みます。かたや大人数の観客が見守る中で、こなた厳重警備の病院で、ぞれぞれ起きた謎多き事件。人の手で行うことなど不可能と思える状況は、まるで神様が魔法で作り上げた「密室」のよう。
 しかし、「謎」が大きければ大きいほど、事件解決への意欲を燃やすのが天才・天久鷹央。今回もすぐに捜査を開始しますが......。

 作者の知念実希人さんは現役の内科医で、新型コロナ・ウイルスが猛威を振るう現在も診断の現場に立ち続けられています。「内科医の仕事は、患者さんから話を聞き、仮説をたて、そして病を明らかにしていくこと。つまり、ミステリーにおける探偵に近いんです」とは知念さんの言葉ですが、医師ゆえの視点、知識に裏付けられた本作の「トリック」、読み手の驚きを誘うこと、間違いなしです。

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2020年09月15日   今月の1冊


「本能寺の変」といえば、小学生でも知っています。焼け落ちる本能寺、信長の死、三日天下、あっという間の光秀の討伐。まさにインパクトありすぎの展開で、大事変は終結します。洛中洛外の誰もが、「想定外」と呟いたに違いありません。信長から秀吉に天下が急展開したのですから。
 かくして光秀は謀叛人のレッテルが貼られ、信長に相当苛められたらしいとか、真面目すぎて逆ギレしたとか、まことしやかな理由が囁かれてきました。
 でも、どこかおかしいと思いませんか?
 あれだけの大事件、光秀が無計画だったとも思えない。動機もよくわからず、共犯の有無も不明。結果的に一番得をした秀吉は、奇跡的な「秀吉の大返し」で光秀を討ち取ってしまう。これを現代の政変にたとえるなら、いわば犯人死亡のまま幕引きということ。じつは家康もまた、事変直後に大きな動きを見せた。有名な「神君伊賀越え」です。
 さて、事変から一か月。恐るべき支配者も、弑した光秀も、気づけば歴史から消えている。これは何を意味するのか? 「死人に口なし」なのか――。
 真相を解き明かすべく、手練れの甲賀忍びが動き出します。探索の目的は二つ。動機と共犯の解明です。なぜ光秀は主殺しを決断したのか。誰か協力者がいたのではないか。光秀を裏切った者は誰か。ミステリー風にいえば、「被疑者死亡の事件」の謎を追うというわけです。しかも、表向きには「決着した」事件の闇を。
 探索するのは棒手裏剣の達人・甲賀多羅尾衆の忍び伊兵衛、美貌のくノ一於夕に千蔵の三人。少ない手がかりをもとに、公家、御所、伴天連筋を調べ上げていくと、やがて細川ガラシャ(丹後宮津)や浜松の筋が浮かび上がってくる......。
「謀叛」という言葉をはるかに超えた、予想もしなかった闇。見えそうで見えない密約の構図。他の忍びとの暗闘も迫力満点。実在する日記史料(『兼見卿記』)を、主人公の伊兵衛が読み解くシーンも、史料を重んじる著者ならではの憎い演出です。
 光秀の背中を押したのは誰か。黒幕がもくろんでいたこととは何か。怖ろしき者たちとは誰か。
 歴史マニアなら知る異説〈光秀=天海〉説を凌駕する驚きが、歴史の非情とともにガツンとくる、読みごたえ満点の傑作です。

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2020年08月17日   今月の1冊


 2005年、今野敏さんが長篇を発表しました。『隠蔽捜査』――これまで敵役として描かれることが多かった警察官僚を主人公に据え、幼なじみで同期のキャリアをバイ・プレーヤーとして登場させるという、全く新しいタイプの警察小説でした。主人公・竜崎伸也は東大法学部卒。警察庁長官官房総務課長として登場しました。エリートを自任し、ユーモアも解さない朴念仁で、周囲には変人だと思われています。変わった男であることには違いないのですが、彼がその後、人気を得た理由がひとつありました。エリートは国家のために尽くすべきだ。心の底からそう考えているからです。
 連続殺人事件で揺れる警察組織を描いた『隠蔽捜査』のラストで、竜崎は大森署署長へと異動。身内の不祥事の責任を負った上での降格人事。キャリアであれば辞職して民間に転じる局面ですが、彼は「これから、おもしろくなりそうじゃないか」と心中でつぶやき、所轄署の主となります。
 続く作品において、竜崎は、立てこもり事件、米大統領の警備事案、国会議員誘拐事件などの難事件を、捜査員たちを指揮し、次々と解決してゆきます。同時に、署員の声に耳を傾け、形骸化した慣習を改め、署自体を変えてゆきました。
 今回文庫化された長篇第7弾で、彼は社会インフラを揺るがす鉄道と銀行のシステムダウンと非行少年殺人事件を同時に引き受けます。この間に、これまでの活躍が上層部に認められたため、神奈川県警への栄転が決定。つまり、このふたつの事件は、彼にとって警察署長としての最後の事案となるわけです。
 第1作で吉川英治文学新人賞、第2作『果断―隠蔽捜査2―』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を、シリーズ全体として吉川英治文庫賞を受賞した「隠蔽捜査」。新作を待ち望む読者の中には、ジャーナリストの池上彰さん、元厚生労働事務次官の村木厚子さんなどもいらっしゃいます。
 竜崎伸也警視長の大森署署長時代を締めくくる『棲月―隠蔽捜査7―』。自信を持ってお勧めできる警察小説です。未読の方は、ぜひ、第1作『隠蔽捜査』から、彼の軌跡を追ってみてください。いつしかあなたは、この変人にまた会いたくなっている自分に気づくことでしょう。

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2020年08月17日   今月の1冊