組織のなかで中堅クラスになると、社内の確執や組織の膿、人事の綾が見えてくることが少なくありません。事なかれ主義や、自己保身がはびこる有様を目にして、落胆や絶望する会社員もいるでしょう。そんなとき頭をよぎるのが、「この会社ではやっていられない」「辞めるなら今か」という想いではないでしょうか。
会社員なら一度は考えたことがある「辞表」の二文字......。経済小説の第一人者である著者は、普通の会社員の苦悩に焦点をあてた小説を、数多く発表してきました。本書に収められた作品はどれも、組織と個人の間で、人生の選択に悩む等身大の姿を描きだしています。
「エリートの脱藩」では、会社の将来性にきっぱりと見切りをつけ、自分の道を選択する男を描いています。自分の意思で決断した退職が、いかに力強いか、迷い多き会社員を励ましてくれる短編です。「社長の遺志」は、病魔に倒れた社長の後継人事に奔走する男の意外な秘策がストーリー。鮮やかすぎる進退が見事です。
人員解雇に忙殺される人事部長。そんな皮肉な立場に置かれたら......辛い立場でも清々しい読み味なのが「人事部長の進退」。裏腹に、同期への友情と人事の間で苦悩する「エリートの反乱」は、身につまされる読み応えです。他に暴君社長の劇的な退任「社長、解任さる」を含め、勝ち敗けを超えた人生の瞬間を描きだす名作ぞろいです。
日本を代表する料理研究家・土井善晴さんの『一汁一菜でよいという提案』は、2016年の刊行直後から大きな話題を呼び、「一汁一菜」ムーブメントの火付け役となりました。シンプルでいて絶大なインパクトのあるカバーが印象に残っている方も多いのではないでしょうか。(このカバーの制作秘話が記されたあとがき「きれいに生きる日本人――結びに代えて」も必読です!)
――日常の食事は、ご飯と具だくさんの味噌汁で充分。あれば漬物を添えましょう。
土井さんのこの提言は、日々の料理を担う多くの人の心を楽にしてくれました。
毎食、一汁三菜の食事を作るべき、肉か魚のメインと野菜の副菜を用意するべき、毎日違ったメニューを考えるべき......。そんな「思い込み」に囚われ、献立作りや買い物や、調理が苦痛になってしまう。ちゃんとできない自分に落ち込んで、憂鬱な気持ちになる。
そのような方にこそ、本書を読んでいただけたらと思います(かくいう私も、そんな「べき」に縛られていた一人です)。「一汁一菜」の具体的な実践法を紹介しつつ、食文化の変遷、日本人の心についても考察します。日常の食事は、「とびきりおいしい」ものである必要はなく、「普通においしい」くらいでいいのだという指摘に、深く納得し、救われたような気持ちになりました。文庫化に際して、コロナにも言及した文庫版あとがき(「一汁一菜の未来――文庫化にあたって」)も新たに収録。土井家のリアルな食卓のカラー写真も満載です!
本書を片手に「一汁一菜」という生き方を始めてみませんか?
健康的で心地よい、持続可能な暮らしの一助になることと思います。
アート小説の第一人者、原田マハさんによる珠玉の短編集『常設展示室―Permanent Collection―』が文庫化しました。実在する6点の絵画が、家族関係や恋愛など、人生に悩む人々の背中をそっと押す、優しい瞬間を描いた6編です。
本作をきっかけに美術館巡りが趣味になったという女優の上白石萌音さんが、文庫化にあたり解説を寄せてくださいました。何度読んでも涙してしまう、作品の魅力をお伝えします。
また、本作に登場する6枚の名画、ピカソ、フェルメール、ラファエロ、ゴッホ、マティス、東山魁夷の絵に、物語から引用した一説を添えた2022年版の特製カレンダーも販売中です。小説を読む前と後ではぐっと見え方が変わってくる絵画たち、あなたのとっておきの一枚を見つけてください。
芸術新潮Presents原田マハ 『常設展示室』カレンダー2022
『雷電本紀』『始祖鳥記』『出星前夜』などで歴史時代小説ファンの胸を熱くさせてきた飯嶋和一さんの最新作『星夜航行』がついに文庫化! 初の上下巻、計1500ページ超えという大長編ですが、「出会えてよかった」作品になることをお約束します。
飯嶋作品は常に、歴史に埋もれた人物を掘り起こし、その非凡さや高潔さを丹念に描写しながら、読む者の心を満たしてくれます。本作も例外ではなく、主人公は三河国の馬飼い・沢瀬甚五郎。類稀なる馬扱いの才能を見出されて徳川家の家臣となりますが、家康と嫡男の争いに巻き込まれ出奔し、やがて船商人に。戦国の世に、日本を超えて飛翔し、波瀾の人生を送ります。
圧巻の馬競べの場面、小姓頭・修理亮と甚五郎の絆、阿蘇大宮司の重臣だった岡本慶次郎が選んだ道など、読みどころを挙げればきりがありません。
甚五郎の生き方は、人間のあるべき姿そのものであり、触れるたびに背筋が伸びる思いがします。些事に囚われている自分は本当に小さい......と思い知りつつ、そんな「小ささ」を否定するわけではなく、圧倒的に「大きい」存在をただ目の前に見せてくれる、そんな優しさも飯嶋作品の魅力です。
寡作ゆえ「オリンピック作家」などとも呼ばれ、本作も連載から数えると九年もの歳月を費やしました。読書の秋にゆっくり読んでいただけたらと思いますが、読み終えたらきっと、「次の作品はいつ!?」と焦れてしまうことと思います。
2005年に発表されるやいなや、たちまち話題を呼び、文庫版もロングセラーとなっている、松岡圭祐さんの『ミッキーマウスの憂鬱』。日本人なら知らぬ者のないエンターテインメント施設の裏方を主役にすえた、画期的な青春小説です。
今作の主人公、永江環奈も同じく裏方。東京ディズニーランドでカストーディアルキャスト(清掃のアルバイト)をしています。大好きな施設で働けてはいるものの、家族からの理解が得られず、繰り返される毎日にちょっと疲れてしまった。そんなある日、自分にもテーマパークの顔として内外で活躍するアンバサダーになれる資格があることを知り、永江環奈は挑戦を決意します。無謀、不可能と言われながらも、周囲の応援を背に受け、夢に向かって一歩ずつ前進してゆく環奈。しかし迎えた選考会当日はあいにくの雨、さらに園内でゲスト(入園者)をめぐる大騒動が発生してしまい、彼女もそれに巻き込まれてしまいます。
待ち望まれていた『ミッキーマウスの憂鬱』の続編が16年後に文庫書き下ろしで登場。痛快爽快なお仕事小説でありながら、恋あり、謎解きありと、名手の才が存分に発揮されています。青春のただ中にいる方にも、それを懐かしく想う方にも、自信をもってオススメできる、エンターテインメント長編です!