白洲正子全集 第十一巻
6,270円(税込)
発売日:2002/05/10
- 書籍
日本文化の美しさを教えてくれた“語り部”の全貌を明らかにする、初の全集。
檜から桜まで、なんと二十種もの日本の木を取り上げ、その「木」そのもの、それから創られた工芸品、さらにはその職人まで、それぞれの魅力について自在に語った「木――なまえ・かたち・たくみ」、これまでの白洲の紀行文と人物論が渾然一体となった集大成ともいえる、後記の代表作の一つ「西行」など、堂々たる作品群。
目次
木――なまえ・かたち・たくみ
檜 伊勢神宮
欅 黒田辰秋の櫃
松 梅若能楽堂
栃 槙野文平の椅子
杉 つくり酒屋の杉玉
樟 法輪寺の観音像
槙 「たる源」の湯槽
シナ 菅原匠の藍染め
樫 びんちょうの炭
楊 「江南」の楊筥
桐 「江南」の桐箱
檮 松山鐵男の櫛
朴 飛騨の有道杓子
榧 法華寺十一面観音像
楮 「唐長」の唐紙
柿 正倉院「黒柿の厨子」
槐 みちのくの「こけし」
桂 日向薬師三尊
楓 紅葉漆絵鉢
桜 歌集の版木
欅 黒田辰秋の櫃
松 梅若能楽堂
栃 槙野文平の椅子
杉 つくり酒屋の杉玉
樟 法輪寺の観音像
槙 「たる源」の湯槽
シナ 菅原匠の藍染め
樫 びんちょうの炭
楊 「江南」の楊筥
桐 「江南」の桐箱
檮 松山鐵男の櫛
朴 飛騨の有道杓子
榧 法華寺十一面観音像
楮 「唐長」の唐紙
柿 正倉院「黒柿の厨子」
槐 みちのくの「こけし」
桂 日向薬師三尊
楓 紅葉漆絵鉢
桜 歌集の版木
西行
空になる心
重代の勇士
あこぎの浦
法金剛院にて
嵯峨のあたり
花の寺
吉野山へ
大峯修行
熊野詣
鴫立沢
みちのくの旅
江口の里
町石道を往く
高野往来
讃岐の院
讃岐の旅
讃岐の庵室
二見の浦にて
富士の煙
虚空の如くなる心
後記
重代の勇士
あこぎの浦
法金剛院にて
嵯峨のあたり
花の寺
吉野山へ
大峯修行
熊野詣
鴫立沢
みちのくの旅
江口の里
町石道を往く
高野往来
讃岐の院
讃岐の旅
讃岐の庵室
二見の浦にて
富士の煙
虚空の如くなる心
後記
エッセイ 一九八七―一九八九
たたけば音の出るような実在感
歴史は人間の学
贅沢の極まるところ
にぎわいもなく ものがなしさもなく
旅と万年筆
なんとかなるサ
私の茶の湯観
お水送り今昔
竹の香り
田島隆夫さんの絵
平安の蒔絵箱
天上大風 良寛
魯山人のこと
黒田清輝の風景
「西行伝説」真贋紀行
歴史は人間の学
贅沢の極まるところ
にぎわいもなく ものがなしさもなく
旅と万年筆
なんとかなるサ
私の茶の湯観
お水送り今昔
竹の香り
田島隆夫さんの絵
平安の蒔絵箱
天上大風 良寛
魯山人のこと
黒田清輝の風景
「西行伝説」真贋紀行
解説・解題
書誌情報
読み仮名 | シラスマサコゼンシュウ11 |
---|---|
シリーズ名 | 全集・著作集 |
全集双書名 | 白洲正子全集 |
雑誌から生まれた本 | 芸術新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | A5判 |
頁数 | 466ページ |
ISBN | 978-4-10-646611-3 |
C-CODE | 0395 |
ジャンル | 全集・選書 |
定価 | 6,270円 |
書評
波 2002年11月号より 「白洲正子全集」の魅力 「白洲正子全集」
個人全集を読む楽しみは、その代表的な述作に混じった小篇を読み、この人はこんなことも考えたり感じていたのかと、些細かもしれないけれども思わぬ発見をするところにある。
たとえば「白洲正子全集」第十四巻には文字通り「ささやかな発見」という短いエッセイがあり、そこにこんな話が書かれている。十歳の頃、学習院の遠足でお浜離宮に出かけ、少女正子は沖行く蒸気船を眺め「お前はえらいよ、西郷さんだよ、蒸気ははしるよ、オナラは臭いよ」と歌ったという。そんなことはすっかり忘れていたが、それから七十年以上が経って白洲正子は友人に、「わたしはその歌に一生救われたのよ。それだけに頼って生きてこられたの」と言われてキョトンとする。友人は、わがままな亭主の勝手なふるまいに接する度に「お前はえらいよ、西郷さんだよ」と歌って気を紛らかしていたらしい。八十六歳の白洲正子は「考えてみればとるにもたらぬ話だが、案外とるにもたらぬささやかなものの中に人生にとって大事なことがかくされている場合は多い」と書いている。
もちろん、こんな話は『白洲正子自伝』には出て来ない。子供の頃の思い出と言えば、無口で不機嫌で自閉症に近かったと『自伝』には記している。しかし、一方では大きな声で「蒸気ははしるよ、オナラは臭いよ」と歌って友達を笑わせる、何か彼女の生涯を貫いて発散した天衣無縫の明るさのようなものが感じられるだろう。彼女自身が気づいていない己の気質を「ささやかな発見」と呼んでいるように思われる。長生きをした人の全集ならでは味わえぬ読書の醍醐味である。
全集は歌で言えば私家集に相当する。一首の名歌が生れるまでに、いかに沢山の類歌がよまれ、モチーフを温める過程を必要としたか、それは私家集を読む者の共通した感慨であろう。全集も同じだ。
「白洲正子全集」には何度も繰り返し語られる話題がいくつもある。小学校に上る前、母親と共に維新前に大久保利通が逼塞していた京都の暗い家で暮したこと、結婚してまだ間もない頃に初めて大和の聖林寺を訪れ、そこで眺めた十一面観音のこと、苦労して手に入れた高価な紅志野の香炉を手放したときのこと、青山二郎と初めて出会ったときのこと、並べられた盃の値をつけてみろと小林秀雄に迫られたときのこと、そして西国巡礼の経験。あげて行けばまだまだあるが、それらの経験を、一つの器物をあちらから眺め、こちらから眺め、そして光の強弱を調整して眺めるが如く、白洲正子は繰り返し語っている。
一人の人間が一つのモチーフを生涯の中でどのように温めるか、言わばそれこそが作家の秘密であろう。その秘密に接近しようとすれば、全集を読むことから始める以外に道はない。
▼「白洲正子全集」全十四巻/別巻一は、発売中
たとえば「白洲正子全集」第十四巻には文字通り「ささやかな発見」という短いエッセイがあり、そこにこんな話が書かれている。十歳の頃、学習院の遠足でお浜離宮に出かけ、少女正子は沖行く蒸気船を眺め「お前はえらいよ、西郷さんだよ、蒸気ははしるよ、オナラは臭いよ」と歌ったという。そんなことはすっかり忘れていたが、それから七十年以上が経って白洲正子は友人に、「わたしはその歌に一生救われたのよ。それだけに頼って生きてこられたの」と言われてキョトンとする。友人は、わがままな亭主の勝手なふるまいに接する度に「お前はえらいよ、西郷さんだよ」と歌って気を紛らかしていたらしい。八十六歳の白洲正子は「考えてみればとるにもたらぬ話だが、案外とるにもたらぬささやかなものの中に人生にとって大事なことがかくされている場合は多い」と書いている。
もちろん、こんな話は『白洲正子自伝』には出て来ない。子供の頃の思い出と言えば、無口で不機嫌で自閉症に近かったと『自伝』には記している。しかし、一方では大きな声で「蒸気ははしるよ、オナラは臭いよ」と歌って友達を笑わせる、何か彼女の生涯を貫いて発散した天衣無縫の明るさのようなものが感じられるだろう。彼女自身が気づいていない己の気質を「ささやかな発見」と呼んでいるように思われる。長生きをした人の全集ならでは味わえぬ読書の醍醐味である。
全集は歌で言えば私家集に相当する。一首の名歌が生れるまでに、いかに沢山の類歌がよまれ、モチーフを温める過程を必要としたか、それは私家集を読む者の共通した感慨であろう。全集も同じだ。
「白洲正子全集」には何度も繰り返し語られる話題がいくつもある。小学校に上る前、母親と共に維新前に大久保利通が逼塞していた京都の暗い家で暮したこと、結婚してまだ間もない頃に初めて大和の聖林寺を訪れ、そこで眺めた十一面観音のこと、苦労して手に入れた高価な紅志野の香炉を手放したときのこと、青山二郎と初めて出会ったときのこと、並べられた盃の値をつけてみろと小林秀雄に迫られたときのこと、そして西国巡礼の経験。あげて行けばまだまだあるが、それらの経験を、一つの器物をあちらから眺め、こちらから眺め、そして光の強弱を調整して眺めるが如く、白洲正子は繰り返し語っている。
一人の人間が一つのモチーフを生涯の中でどのように温めるか、言わばそれこそが作家の秘密であろう。その秘密に接近しようとすれば、全集を読むことから始める以外に道はない。
(あおやぎ・けいすけ 白洲正子全集編集委員)
▼「白洲正子全集」全十四巻/別巻一は、発売中
著者プロフィール
白洲正子
シラス・マサコ
(1910-1998)1910年東京生まれ。幼い頃より能を学び、14歳で女性として初めて能舞台に立ち、米国留学へ。1928年帰国、翌年白洲次郎(1902〜1985)と結婚。古典文学、工芸、骨董、自然などについて随筆を執筆。『能面』『かくれ里』『日本のたくみ』『西行』など著書多数。1998年没。
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