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読んでから食べる? 食べてから読む? 話題の「近大マグロ」の物語!


 Yonda?Mailを読んで下さるみなさん。こんにちは。

 今日、ご紹介するのは林宏樹さん『近大マグロの奇跡―完全養殖成功への32年―』です。

 突然ですが、みなさんはマグロが好きですか? ……ですよね(笑)。濃厚な味わいの中トロのにぎり、さっぱりした赤身の「づけ」や、中落ちをこそげたネギトロ丼も美味しいものです。海のない山あいの旅館に行ってさえ、夕食のお膳にきちんとマグロのお刺身が並ぶこの国の不思議。マグロの鮮やかな赤色は、日本の食文化と日本人の食欲を深いところから支え、絶えず刺激しているようです。

 この日本人の魂=マグロの水揚げ量が年々減っていることは、ニュースなどでご存じと思います。なかでもクロマグロは、「海のダイヤ」の別名をもつ最高級種。最近でも築地市場で、大間産クロマグロが一億円で落札! といった話題もありましたが、世界的な魚食ブームによる乱獲や気候変化が影響し、資源量は激減し価格も高騰しています。1992年に、自然動物を保護するワシントン条約の会議で、クロマグロを絶滅危惧種に指定しようという動きがあって以来、もうマグロは食べられないの? と大きな話題になりました。

 いま、マグロ漁業の主流は、洋上で天然の成魚を追い捕獲する通常のマグロ漁と、海でマグロの幼魚を生け捕りにし、生け簀で太らせて出荷する「畜養」のふたつです。(魚屋でみかける「スペイン産養殖クロマグロ」などは後者です。)でも、制限なくこれを続ければ、早晩クロマグロはこの世から消えてしまいます。国際的な取り決めによる漁獲量制限にもかかわらず、資源量の減少に歯止めがかからず、しかし、Sushiを彩るトロを求める人は増える一方。事態は急を要します。

 この危機の到来を見越し、地道な研究を続けていたのが、当時の所長を務めていた熊井英水(ひでみ)教授の率いる、近畿大学水産研究所の研究者たちでした。「卵を産ます→卵をかえす→幼魚を育てる→また卵を産ます……」。このサイクルを繰り返すことができれば、第一世代から先は天然資源に手を付けなくても済みます。これを完全養殖と呼びます。それまで、マダイ、シマアジ、クエなど多くの種類の魚で完全養殖技術を確立し、水産資源の安定供給に貢献してきたこの研究所にとって最後で最大の難関が、このクロマグロの完全養殖だったのです。

 成魚なると体重400kgを越え、猛スピードで海洋を長距離回遊する豪快なクロマグロは、実はたいへんに繊細な魚。そのうえ、研究当初はその生態もほとんどわからず、生け簀で幼魚を育てて観察をする間にも、わずかな海水温の変化や夜間照明が原因で、群れ全体が大量死する事故が、繰り返し研究者を襲いました。また運良く成長しても、今度はマグロたちが一向に産卵する気配を見せない。ときにその期間は10年以上(!)に及びました。そして、思うように結果が出せず、苦しむ研究者たちを支えたのは、研究成果は社会に還元されるべきだという「実学」の精神と、自分たちは机上の論理をいじる研究者でなく、海を耕しその恵みを得る「魚飼い」だという気概でした。

 そして、32年の研究を経て、ついに2002年、近畿大学水産研究所のクロマグロ完全養殖成功の報が世界中を駆けめぐります。以来、この「近大マグロ」は唯一の完全養殖マグロの代名詞として、大きな注目を浴びることになります。その苦闘と栄光の記録は、ぜひ本書でご覧頂きたいと思います。近大マグロの目印は、「大学卒」の証しとしてつけられた卒業証書。そこには、生産者や養殖履歴がたどれるQRコードが印刷され、食の安全を支える大きな一助となっています。

 今回の文庫化にあわせて、完全養殖成功から10余年で生産規模が飛躍的に高まった現在の研究所の様子や、さらには産学協同事業の優良モデルとして話題を集める、グランフロント大阪に出店したレストラン「近畿大学水産研究所」の盛況ぶりなど、著者の林さんには、最新の話題もたっぷり盛り込んでいただきました。このレストラン、12月には満を持して銀座に出店します。さて、マグロ好きの多い東京人の舌を「近大マグロ」は唸らせることができるでしょうか。読んでから食べるか? 食べてから読むか? 話題の近大マグロを詰めこんだ一冊をぜひお楽しみ下さい!

(新潮文庫編集部 I・K)

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2013年12月10日   今月の1冊
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