『ぼく東綺譚』や『ふらんす物語』で知られる永井荷風の埋もれた名作「つゆのあとさき」が、ついに新潮文庫から刊行されました。
本作は、大正ロマンの雰囲気が残る銀座で、カッフェー「ドンフワン」のトップを張る女給・君江と彼女に執着する男たちの駆け引きを描いた物語です。
当時のカッフェーとは、接客のない純粋に珈琲や紅茶を楽しむ喫茶店「純喫茶」とはちがい、女給が客の隣に座って接待を施し、客は女給にチップを払うという、キャバクラ、ラウンジ、ガールズバー、コンカフェのような存在でした。お気に入りの女給目当てにカッフェーへ通う客も多く、中にはパトロンとなる人もいたようです。永井荷風自身も40代後半ごろから、このカッフェーに足繋く通うようになり、「つゆのあとさき」が誕生したといいます。
超人気女給の君江に振り向いてほしい、自分だけを愛してほしいと願う男たちは、デートに連れ出したり、贈り物をしたりと、あの手この手を使って気を引こうとします。しかし、当の君江は物欲もなく、やきもちも焼かず、本心も明かさない、秘密にする必要がないようなことでも、深く聞かれるほど堅く口を閉じて何事も語らず笑顔でごまかすという、ミステリアスな女性でした。
本作を社内で読んでもらったところ、意外にも20代や30代の女性社員から大きな反響があり、「魔性の女」「悪女小説の傑作」「私たちの君江」など主人公の君江に対する崇拝にも似たような言葉が次々と飛び出しました。
本書には、「つゆのあとさき」の他に、荷風が女給の身の上話を聞き取った珍しい小品「カッフェー一夕話」、巻末には川端康成「永井荷風氏の『つゆのあとさき』」、谷崎潤一郎「『つゆのあとさき』を読む」も収録しています。今も昔も変わらない男女関係のもつれ、多くの文豪を唸らせた最高のヒロイン......。荷風作品を読んだことがない方にこそ、読んでほしい一作です!