ホーム > 新潮新書 > 新書・今月の編集長便り > 五輪の芸能人問題

新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

五輪の芸能人問題

 オリンピックの番組を見ていて、何が不快かといえば、多くの人が「ムダに芸能人が絡んでくること」と答えるのではないでしょうか。特に不快なのは、「俺、この選手と昔からの知り合い」って顔をして、タメ口でしゃべる人。それから、「私の予想通り、メダル獲得しました」と、どうでもいいことを得意げに言う人。
 そういう世俗の垢まみれの顔を見たくないからスポーツを見ているのであって、そこに割り込んでくるな、と言いたくなります。しゃぶしゃぶを食べに行ったら、どういうわけか半裸の女性が給仕に現れたような感じです。かつて同僚に、そういう店に行くのを好む人もいたのですが、その人は、むしろ給仕目当てに通っていたのだろうと思います(私は行ったことがありません)。
 受け手が本当に望むものをシンプルに提供することが本当のサービスなのではないでしょうか。
 8月新刊『ホテルオークラ 総料理長の美食帖』(根岸規雄・著)は、ホテルオークラの厨房に50年間立ち、最後の総料理長となった著者の回顧録。最後の、というのは別に同ホテルが閉まるとかそういうことではなく、「総料理長」の肩書きが無くなるからです。通常の倍のコクととろみを誇る「ダブルコンソメ」や、世界一と評される「フレンチトースト」など、ホテルの名物料理や一流のサービスにまつわる秘話がふんだんに盛り込まれています。
 たとえばフレンチトーストの仕込みは一日がかり。前日から卵液に浸した食感はプリンのようで、普通のフレンチトーストとはまったく異なる味わいです。
 一見シンプルなメニューに、大変な手間をかけて、最高の品に仕上げる。「オリンピック中継×芸能人」とか「しゃぶしゃぶ×半裸」とはえらい違いです。

 他の新刊3点もご紹介いたします。
『検察―破綻した捜査モデル―』(村山治・著)は、組織の全体像、問題点がすっきりわかる「検察入門」。国策捜査って本当にあるの? 特捜検事ってどんな人? といった素朴な疑問から、小沢裁判の深層まで、検察取材の第一人者である著者がわかりやすく解説してくれます。麻雀をするのはおじさん検事ばかり、という記述には、どこの職場も同じなのだなあと思いました。
『現代仏教論』(末木文美士・著)は、震災後に考えたことを中心にまとめた仏教論。著者が、震災後に表明した「大災害は天罰と受け止めなくてはならない」という意見は、言論界で波紋を呼びました。その真意はどこにあるのか。死者の声に耳を傾けるとはどういうことか。重く、深いテーマをじっくりと考えています。
『精神論ぬきの電力入門』(澤昭裕・著)は、タイトル通りの内容。「電力を自由化すれば事態は好転する」「発送電分離すればOK」といった、よく耳にする論がどこまで本当か、もしくはどこまで危うい話かを冷静に説いてくれます。
 話をオリンピックに戻せば、芸能人の中でもなぜか、「くりぃむしちゅー」の上田晋也さんの選手インタビューは嫌な感じがしませんでした。それは、基本的に言葉遣いが極めて丁寧で、敬語を基調としていたからだと気づきました。不快感のもとは芸能人そのものではなく、「有名人の俺はオリンピックにも一家言あるんだぜ。語ってやるぜ」という姿勢だったのかもしれません。

2012/08