昨年、『月まで三キロ』という短編集で、新田次郎賞や静岡書店大賞を受賞した伊与原新さん。三十代から五十代以上の幅広い読者を「ひとめ惚れ」させた伊与原さんですが、最新作『青ノ果テ―花巻農芸高校地学部の夏―』(新潮文庫nex)は、高校2年生が主人公の青春小説。宮沢賢治の世界を織り込みながら、岩手県花巻の高校生の成長をこまやかな筆致で描いた物語です。
青春小説は、今ひとつピンとこないなあ――。『月まで三キロ』の読者は、そう感じてしまうかもしれません。ところが、定食的な青春物語にしていないのが、伊与原さんの個性。そういえば、刊行直前こんなことをおっしゃってました。
「『月まで三キロ』も、『青ノ果テ』も、自分は書き方を変えてないんです」
確かに、『青ノ果テ』は、青春小説の枠組みですが、語られる言葉や突きつけられる問いは、大人の心をグサリとえぐります。
「一人で解決しなきゃならないことだって、きっと世の中にはあるんだよ」
「みんなちっぽけで、力もない。自分のことも解決できないのに、誰かを救おうなんて、傲慢だよ」
「絶望ってのは、愚か者の結論だぜ」
二人の高2男子と、同級生の女子。恋もマウンティングも出てこない代わりに、それぞれが自分なりの「人生の課題」に直面します。それまで1ミリも知らないでいた過去。目を背けていたこと。「自分の責任じゃない」という決まり文句が通じないと気づいたとき、彼らは大人たち以上に、まっすぐに立ち向かう。その強さはもろさも孕んで、ストーリーに複雑な弾力性をあたえ、一息にラストまで引っ張ってくれます。
自分の弱さに一人で向き合う彼らは、しかし孤独ではありません。文芸オタクの女子や、地学オタクの先輩や、偶然出会った大人たち、そして家族。一人で解決すると決めたとき、初めて周りに味方がいることが見えてきます。
17歳の物語ですが、本書には、大人とちっとも変わらない人生の岐路と気づきがあります。『月まで三キロ』の人物と同じように、小さな一歩でも、確かに自分の決めたことだと胸を張れる17歳――。
「青春小説は読まない」というのは、愚か者の結論かもしれないですよ。
「読みながら、震えが止まらなかった。規格外の傑作だった」
「悪魔的な"こく"に脳髄がしびれた」
「殺人事件を扱ったノンフィクション・ノベルの名著として歴史に名を残すことは間違いない」
各紙誌で絶賛を浴びた柚木麻子さんの『BUTTER』がついに文庫化されました。発売3日目に2刷がかかり、7日目には3刷と、驚異的な勢いで売れています。
男たちの財産を奪い、殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子。「カジマナ」と呼ばれるようになった梶井が世間を騒がせたのは、その犯行もさることながら、彼女が若くも美しくもない女だったから――。週刊誌記者の町田里佳は梶井に取材のアプローチを続け、ついに面会にこぎつけます。事件のことを聞きたくて逸る里佳に、梶井はこう切り出します。
「まず、あなたの部屋の冷蔵庫に何が入っているか、教えてくださらない?」
この言葉から、梶井と里佳の、奇妙な関係が始まります。食べること、作ることの快楽を説く梶井に感化され、里佳の生活や価値観も変貌してゆき、その変化は親友の伶子や恋人の誠らにも影響を与え......。
実在の事件をモチーフにした本作ですが、それはあくまで端緒であり、物語の核にあるのは私たちが抱える「生きづらさ」です。家族関係における罪の意識、性別にかかわらず自分で自分をケアすることの大切さ、血の繋がりにとらわれない新しい共同体の可能性――。殺人や結婚詐欺の当事者ではない多くの方々にも、この物語は決して無関係なものではないと確信しています。
そして、もう一つの読みどころは、梶井が語る美食の数々。「バター醤油ご飯」に始まり、たらこバターパスタ、ウエストのバタークリームケーキ、カトルカール......。頭の中がバターへの欲望でいっぱいになること間違いなしです。
濃厚で芳醇な、柚木麻子の新境地にして集大成、ぜひご一読ください。
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。このすこし風変わりなタイトルの本がいま、たくさんの人に読まれています。舞台はイギリス。主人公は中学生になったばかりの男の子。著者は男の子の母親、ブレイディみかこさんです。
息子さんが通う公立中学は、人種や民族、階級、貧富の差、それからジェンダーの問題などが複雑に絡み合い、毎日がトラブルの連続。格差と差別と多様性が引き起こす問題を親子で悩みながら乗り越えていく日々を描いたこの作品は、鮮烈な印象を日本社会に与えてベストセラーになりました。
ジャーナリストの池上彰さんは、書評をこう結んでいます。
《ブレイディみかこさんは、イギリス社会の現実を日本の私たちに報告しながら警告を発しているのです。「これは、近未来の日本の姿かも知れないよ」と》(多様な社会での「親子物語」 より)
今月の新刊『THIS IS JAPAN―英国保育士が見た日本―』は、ブレイディみかこさんによる日本の取材記です。昨年秋のインタビューでブレイディさんは、いまの日本の問題として「経済と女性問題」をあげていらっしゃいますがこの本では主に経済問題に焦点を置いています。経済問題とは、つまり私たちの生活のことです。
冬の寒い日、世田谷区の保育園を訪れたときのこと。牛乳パックで作られた備品の数々を見て、「日本の保育園は、牛乳パックなしには成り立たない」と聞き、著者は衝撃を受けます。靴箱や棚から、「教室の真ん中に置かれていた巨大な間仕切り」まで......。
《「Austerity measures!」
とつい言いたくなった。緊縮財政が推進される英国では、ストリートでよくこの言葉が交わされる。何かがボロボロに古くなっている様子や、何かすごく貧乏くさい様子、いじましいような節約の場面などを見たときに、「Austerity measures!(緊縮措置!)」とジョークを飛ばして英国の人々は笑う。「緊縮」というのは欧州の政治を象徴する言葉だと思っていたのだが、この保育園を見ていると日本はその最前線を行っているのではないかという気がしてきた》(第三章 保育園から反緊縮運動をはじめよう より)
現場を見て、話を聞き、記録する。著者のスタイルを評論家の荻上チキさんは解説で、「風景を共有する」と評しています。「何かを語り、変えようとするためには、風景が共有されなければ始まらない」。
いま最も注目を集めるライター、ブレイディみかこさんが描くイギリスと日本の風景。イギリスは日本の近未来なのか、あるいはすでに日本は世界の問題を先取りしているのか。『THIS IS JAPAN』と『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を合わせて読むと、日本社会についてより深く考えさせられます。
ノンフィクション書評サイト「HONZ」にて荻上チキさんの解説を公開中!
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2019年で最も注目されたゲームタイトルが小島秀夫監督最新作ゲーム「DEATH STRANDING」であることは疑いようのないことですが、こちらを完全ノベライズした小説が新潮文庫nexで発売されました。
死者が生者を呑み込み、やがて絶滅へ至らしめる謎の現象「デス・ストランディング」によって崩壊した国家。ゲームではノーマン・リダース演じる主人公のサム・ポーター・ブリッジズは、死者の世界から帰還する特殊能力を持ち、分断され孤立して生きる人々の間を行き来する「伝説の配達人」として、育ての親である合衆国最後の大統領・ブリジッドからアメリカを再建する任務を託される――。
原稿用紙1000枚近い大ボリュームで綴られた本作はかなりゲームに忠実に作られていますが、ゲームでは知り得なかった配達を待つ側の人々の思いや、過去などが加わっており、プレイした人が読めば思わず「そうだったのか!」と膝を叩きたくなること請け合いです。
2月には映画やゲームの特装版パッケージとして使用されるスチールブックを世界で初めて本を封入する形で形成した特装版『デス・ストランディング ノベライズ スチールブック(R)エディション』が発売されます。ゲーム本体のスチールブックと並べて飾って楽しんでいただきたいです。
もうすぐクリスマスですね! 大人になってもクリスマスは楽しみなものです。サンタさんはさすがにもう来てくれませんが(涙)、そういえばあのサンタさん、真っ白なひげをたくわえたおじいさんの姿でイメージしますが、一体どういう人なんだろうと思ったことはありませんか? 『オズの魔法使い』の作者として知られるアメリカの作家ボームが、そのサンタさんの少年時代を描いた作品を刊行しました!
物語は、不死の妖精たちだけが暮らす「バージーの森」に一人の赤ん坊が迷いこむところから始まります。赤ん坊は「クロース」と名づけられて、妖精たちに温かく見守られながらすくすくと育ちますが、ある時バージー森の主人で、世界中の木こりたちの長(おさ)である「アーク」に連れられ、人間たちの厳しい暮らしぶりを知ることになります。クロースは自らの同胞たちに寄り添うように生きることを決意し、森を出ていきます。森の外では、妖精たちに助けてもらいながら木彫りのおもちゃを作って子どもたちを喜ばせる日々が始まりますが、人間の世界には、人間には姿の見えない怪獣「オーグワ」が跋扈しており、クロースや子どもたちに意地悪をするのです。クロースはオーグワたちとの戦いに挑みますが......(ここから先は読んでのお楽しみ!)。小さな赤ん坊だったクロースが、世界中の子どもたちに夢を与える「サンタクロース」になるまでを描いた、心温まる児童書です。
本書の装幀と挿絵は矢部太郎さんにお願いしました。大家さんとの心温まる交流を描いたコミック・エッセイ「大家さんと僕」シリーズが累計100万部を突破、さらに手塚治虫文化賞短編賞、「ダ・ヴィンチ」ブックオブザイヤー2018、オリコン年間BOOKランキング・タレント&コミックエッセイ2018第1位の三冠を達成するなど、2018年の出版界の話題を独占しました。本書にも超絶キュートな表紙絵のほか、赤ん坊のクロースが白いひげをたくわえたサンタクロースに成長するまでの各場面の挿絵を描いてもらいました。ぜひ手にとってみてください! クリスマス・プレゼントにぴったりな一冊になっています。