ホーム > 書籍詳細:ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

大人の凝り固まった常識を、子どもたちは軽々と飛び越えていく。

  • 受賞第13回 神奈川学校図書館員大賞(KO本大賞)
  • 受賞第2回 Yahoo!ニュース 本屋大賞 ノンフィクション本大賞
  • 受賞第73回 毎日出版文化賞 特別賞
  • 受賞第2回 八重洲本大賞
  • 特設特設ページ公開中!

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

ブレイディみかこ/著

1,485円(税込)

本の仕様

発売日:2019/06/21

読み仮名 ボクハイエローデホワイトデチョットブルー
装幀 中田いくみ/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 254ページ
ISBN 978-4-10-352681-0
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,485円
電子書籍 配信開始日 2019/06/21

優等生の「ぼく」が通う元・底辺中学は、毎日が事件の連続。人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり。世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子とパンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。落涙必至の等身大ノンフィクション。

著者プロフィール

ブレイディみかこ ブレイディ・ミカコ

1965(昭和40)年福岡生れ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996(平成8)年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞を、2019(令和元)年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』でYahoo!ニュース|本屋大賞2019年ノンフィクション本大賞を受賞。他の著書に『THIS IS JAPAN』『ヨーロッパ・コーリング』『女たちのテロル』などがある。

書評

多様な社会での「親子物語」

池上彰

 先日行きつけの書店の店頭に『タンタンタンゴはパパふたり』を見つけました。おお、ブレイディみかこさんが『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の中で紹介していた絵本ではないか。
 これはニューヨークのセントラルパーク動物園で恋に落ちた二羽のオスのペンギンの話です。実話なんだそうです。
 この絵本はイギリスの保育業界では「バイブル」のような扱いになっているとか。そうか、さすがイギリス。LGBTの人への差別意識を持たせないように、こういう絵本を読み聞かせているのか……と思っていたら、そうではないのですね。
〈子どもたちには、誰と誰が恋に落ちるのは多数派だが、誰と誰が恋に落ちるのは少数派、みたいな感覚はまったくない。「誰と誰」ではなく、「恋に落ちる」の部分が重要なのだ〉(『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』)
 なるほどねえ。誰が誰と恋に落ちたっていいじゃないか。子どもたちは、それを本能的に悟っているのかしらん。
 英国社会を取り上げたノンフィクション作品はいろいろありますが、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、格差社会に生きる子どもたちと、彼らをとりまく大人たちの生活ぶりを同じ視線の高さで描いているところが、ほかとは圧倒的に異なります。「上から目線」ではないのです。それは、著者の息子さんが「元底辺中学校」と作者が称する学校に入学したことによって、もたらされたものでしょう。
 恵まれた上品な家庭の子弟が通う名門のカトリックの小学校を出たのに、そのままカトリックの中学校に進学せず、「元底辺中学校」に入学するとは。日本によくいる教育ママが聞いたら卒倒するような選択を、この親子はヒョイとしてしまったのです。さあ、ここからドラマの始まりです。
 子どもたちが直面する「事件」のひとつひとつは、ぜひ本で読んでいただくとして、ここではその背景を説明しておきましょう。
 イギリス社会は、私が子どもの頃は「ゆりかごから墓場まで」というスローガンに象徴されるように社会保障の充実した国でした。日本にとってお手本のような国として習いました。
 その一方で、「福祉が行き届いていると、人々は働く意欲を失う」とも言われ、経済が停滞し、「英国病」と呼ばれました。
 ここに大ナタを振るったのが、保守党の「鉄の女」サッチャー首相でした。新自由主義の立場から「小さな政府」を目指し、社会福祉を削減しました。その結果、経済は活性化しましたが、格差が拡大しました。
 その後、労働党が政権を奪還しましたが、労働党のブレア首相も新自由主義と大差ない政策を取ったために格差は縮小しませんでした。では、いまはどうか。ブレイディみかこさんは、別の書籍で、次のように語っています。
〈英国では、保守党が緊縮財政をはじめた二〇一〇年から、実は平均寿命の伸びが横ばいになっています。一応、世界で一番リッチな国の一つだし、医療技術は進歩するわけですから、それまでは右肩上がりで伸びていたのに、二〇一〇年から恐ろしいことにパタッと止まっている。医療支出削減で国立病院も人員とインフラが不足して緊急救命室の待ち時間が史上最長になっているし、一日に一二〇人程度の患者を廊下で手当てしているという病院もある〉(『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』)
 こんなイギリス社会で、貧しい家庭の子の様子を見ていられずに手を差し伸べる先生たち。先生の給料も上がっていないのに。人々の助け合いによって、かろうじて維持できている社会の実際が、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』では赤裸々に、活き活きと描かれます。
 社会の底辺にも差別意識が何重にも積み重なっている。この本を読むと、そんな深刻な現状を知って気分が落ち込むのですが、著者の中学生の息子との会話によって、救われる。これが、この本の大きな魅力でしょう。
 中学生の息子はどんどん大きくなる。格差と差別を目の当たりにしながらも精神的に成長する。その傍らには、息子の成長を喜び、息子と共に悩み、考え、成長する母親の姿がある。
 そんな親子の成長記録を読むことで、読者の私たちもまた成長する。
 そしてブレイディみかこさんは、イギリス社会の現実を日本の私たちに報告しながら警告を発しているのです。「これは、近未来の日本の姿かも知れないよ」と。

(いけがみ・あきら ジャーナリスト)

未来は彼らの手の中に

高橋源一郎

 90年代の10年間、4月から10月までほぼ毎月、ぼくはイギリスに通っていた。競馬を見るためにだ。この本の著者、ブレイディみかこさんが住むブライトンにも行った。海がきれいな街だった。そして、映画「さらば青春の光」の舞台だってことは知っていたけれど、その街で、こんな素晴らしい物語が生れたことを、ぼくは知らなかった。それは、ブレイディみかこさんの10歳の息子が中学生になってからの1年半を描いた素敵な(でも、深く考えさせられる)お話だ。
 日本人で保育士で(その他もろもろの)「わたし」とアイルランド人で元銀行員で現大型ダンプの運転手である配偶者との間に生まれた「息子」は、幼児の頃は「底辺託児所」に、小学校の頃は公立で名門のカトリックの小学校に通い「バブルに包まれたような平和な」学校生活をおくる。やがて中学へ。「息子」が選んだのは「緑に包まれたピーター・ラビットが出てきそうな上品なミドルクラスの学校ではなく、殺伐とした英国社会を反映するリアルな学校」、「元底辺中学校」だった。そこは、どんな学校、いや、どんな世界だったんだろうか。
 ぼくはこの本を読んでいる間ずっと、自分の子どもたちのことを考えずにはいられなかった。1学年違いの兄弟である彼らは、幼児の頃からいろんな託児所に預けられた。中には連れて来る親はぼく以外全員風俗嬢(みんな、いいママ友だった)という無認可で24時間保育してくれるところもあった。「底辺託児所」だったんだ。小学校は最初、公立で豊かな家庭の子が多い「名門」に通った。けれども、ぼくは悩んだ。いろいろな理由で。そして、彼らが2・3年生になった時、ちょっと変わった学校に転校させた。試験も成績表もクラスもない、規則は全部自分たちで決める、ついでにいうと「先生」も「生徒」もいない学校だ(そこは全員、名前もしくはニックネームで呼び合うので)。いま中学2年・3年になった彼らは、この前、自分たちで育てた豚で作ったソーセージを食べさせてくれた。美味しかったな、すごく。
 子どもたちが「ふつう」の学校に行かなかったので、逆に、ぼくは、「ふつう」よりもずっと、子どもたちと社会の関わりについて考えなきゃならなかった。きっと彼らもそうだったろう。この本の中の「息子」や「わたし」のようにだ。
 ぼくたちは、「息子」や「わたし」の前に次々と現れる、強烈で印象的なエピソードたちにびっくりさせられる。そして、思わず考えこむ。あるいは、胸をうたれる。そして、最後に、自分たちの子どもや社会について考えざるをえなくなる。入学前の見学会で制服の中学生たちが演奏してくれるノリノリの音楽。廊下に飾ってあるセックス・ピストルズのアルバムジャケット。入学翌日にはもうミュージカルのオーディション。なんだか楽しそう? 表面はね。でも、学校の中にあったのは、過酷なイギリス社会の現実を反映した世界だった。自分だって移民なのに人種差別をし、他の移民にヘイトをぶつける子がいる。貧しくていつも腹を空かしている子がいる。クリスマス・コンサートでハードな現実をそのままラップにして歌う子(「万国の万引きたちよ、団結せよ」だぜ。最高だね)がいる。目の前にある、貧困。差別。格差。分断。憎しみ。「息子」と「わたし」は目を背けず、ユーモアを失わず、その中に入りこむ。それこそが、最高の教育なのかもしれないのだった。
 ぼくの好きなエピソードの一つが、「12歳のセクシュアリティ」と題されたところ。「息子」と、つい差別的な言動をしてしまう移民の友人は、「託児所」時代の知人である、子どもが2人いるレズビアンのカップルと出会い、その友人は驚く。いや、驚くのはまだ早い。学校では、セクシュアリティについてLGBTQに関する授業も行われているのだ。そして、「わたし」は、息子たちが「親のセクシュアリティがどうとか家族の形がどうとかいうより、自分自身のセクシュアリティについて考える年ごろになっていたのだと気づ」くのである。そして、「わたし」はこう考える。いや、ぼくも、また。
「さんざん手垢のついた言葉かもしれないが、未来は彼らの手の中にある。世の中が退行しているとか、世界はひどい方向にむかっているとか言うのは、たぶん彼らを見くびりすぎている」

(たかはし・げんいちろう 小説家)
波 2019年7月号より
単行本刊行時掲載

普遍へと開かれた窓

三浦しをん

 何度も笑い、何度もこみあげる涙をこらえつつ読み進めた。
 ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、英国の「元底辺中学校」に通う息子さんの日々を記したエッセイだ。「じゃあ、子育てエッセイなのかな」と思われるかもしれないが、まったくちがう。
 元底辺中学校に通っているのは、白人の労働者階級の子たちが大半だ。そのなかには貧困層の子もいる。移民の子も少数ながらいるが、やはり大半は白人だ。「白人」と一言で言っても、家庭環境や生活レベルには当然ながらグラデーションがあるし、そこへさらに「移民か否か」「白人か非白人か」といった分類項も加わってくるから、校内はものすごく複雑かつ繊細な様相を呈している。
 著者の息子さんは英国で生まれ育ったが、お父さんはアイルランド人、お母さんである著者は日本人なので、この学校では「少数派」と言える。もちろん、こういった「分類」はすべてアホらしいものなのだが、実際にその街で暮らし、学校に通っていれば、さまざまな軋轢や差別に直面することもあるし、相手の立場やルーツを慮らねばならない局面も多い。
 現に息子さんは、実によく考え、感じ、相手を思いやった行動を選び取るひとなのである。友人たちとのかかわりや、周囲の大人たちの振る舞いを通し、息子さんは思考と感情を豊かに育んでいる。著者もまた、そういう息子さんと楽しく真摯に会話したり、次々に起きる騒動にさりげなく一緒に向きあったりすることで、英国のみならず、日本も含めた世界中が直面している複雑さについて、誠実に考察を深めていく。
 本書は個人的な「子育てエッセイ」ではない。学校や地域といった、一見すると狭いように感じられる「地べた」から、確実に「普遍」を見晴るかす眼差しを宿している。世界と時代と人間を活写した本書を読めば、これが「異国に暮らすひとたちの話」ではなく、「私たち一人一人の話」だとおわかりいただけるはずだ。私は自身の来し方を振り返り、「なぜあのとき、息子さんのような言動を取れなかったのか」と自らの思考と良心の強度を問わずにはいられなかった。
 とはいえ、決して四角四面ではなく、読者になにか(たとえば善行)を強いてくることがないのがまた、本書のすごいところだ。むしろ、キャラ立ちが濃くて、いい意味でいいかげんなひとばかりが登場する。
 いじめられっこのティム(息子さんのお友だち)の危機に駆けつけた上級生が、呼吸するたびに「ファッキン」を連発するジェイソン・ステイサム(似の少年)だった瞬間、「漫画か!」と私は爆笑した。著者のお父さん(福岡県在住・幼児だった孫に泳ぎを教えるため、いきなり玄界灘に投げこむ)は「ベスト・キッド」のミヤギさん似らしいし、著者の配偶者は重要な場面で「知らね」とケツをまくって新聞読んでるし。肝心の息子さんも相当おもしろくて、オアシス風の曲を作ったものの、まだ恋を知らぬお年ごろゆえ、やむをえず「祖父の盆栽」への思いをつづった詞を載せて切々とギターをかき鳴らす。どんな歌だよ! むっちゃ聴きたいよ!
 とにかく、出てくるひとみんなに会ってみたくてたまらなくなる。実際に会ったら問答無用でボコられるのでは、という荒くれものもなかにはいるのだが(なにしろジェイソン・ステイサムだ)、著者のユーモアたっぷりかつ冷静な筆致を味わううちに、かれらの事情や思いが垣間見えてきて、「私はなぜ、ジェイソン・ステイサム(似の少年)を猛獣のように思ってしまっていたんだろう」とハッとする。
 無知による勝手な先入観や偏見や差別意識から完全に自由になるのはむずかしいのかもしれない。けれど本書を読み終えたいま、私の胸のうちに息子さんの言葉がこだましている。
「友だちだから。君は僕の友だちだからだよ」
 ほんとにほんとに、そのとおりだ。ちがいやわかりあえない部分があってもなお、相手を知ろうとし、思いを馳せることはできる。どうして人間に知性と想像力が備わっているのかといえば、自分とは異なるひとと「友だち」になるためではないのか。閉めきっていた部屋の窓が開き、思わずあふれた涙のうえを新鮮な風が吹き抜けていったような、そんな気持ちになった。

(みうら・しをん 小説家)
波 2019年7月号より
単行本刊行時掲載

目次

はじめに
1 元底辺中学校への道
2 「glee/グリー」みたいな新学期
3 バッドでラップなクリスマス
4 スクール・ポリティクス
5 誰かの靴を履いてみること
6 プールサイドのあちら側とこちら側
7 ユニフォーム・ブギ
8 クールなのかジャパン
9 地雷だらけの多様性ワールド
10 母ちゃんの国にて
11 未来は君らの手の中
12 フォスター・チルドレンズ・ストーリー
13 いじめと皆勤賞のはざま
14 アイデンティティ熱のゆくえ
15 存在の耐えられない格差
16 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとグリーン

インタビュー/対談/エッセイ

100万光年先の日常から、子どもと社会を描く

ブレイディみかこ瀧波ユカリ劔樹人

ブレイディみかこさんが一人息子の日常を描く現在進行形のノンフィクション『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が大きな反響を呼んでいます。八重洲本大賞を皮切りに、毎日出版文化賞(特別賞)、Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞、ブクログ大賞(エッセイ・ノンフィクション部門)と4冠を達成した記念として、愛読者で、やはりご自身の子どもを描くおふたりとの鼎談が実現しました。

瀧波・劔 受賞おめでとうございます。

ブレイディ ありがとうございます。賞とかいうガラじゃないんですけど……いただけるものは、ありがたくいただきます(笑)。

瀧波 この本、最初はタイトルに惹かれて手に取ったんです。読んでみると、自分が関係していない別の国で起きている、でも自分とすごく関係のある出来事だと感じました。書かれている出来事も強烈なんですけど、それと同じくらいブレイディさんの個性が強烈で(笑)。

ブレイディ あ、出てます?(笑)

瀧波 ええ、それに文章も、ものの取り上げ方も、読んだことのない本だったんです。すぐに夫に勧めたんですが、娘も「わたしも読みたい」って。娘は9歳なんですけど。

ブレイディ え? 9歳?

瀧波 はい。夫が「わからないところには線を引いて、あとで調べなさい」って言ったら、こんなふうに赤線だらけに。家族で楽しんでます。

ブレイディ いやあ、うれしいですね。

瀧波 9歳になると、もう共通の本の話ができるんですよ。劔さんのところも、あと7年くらいですよ。

 9歳になれば、もう漢字も読めるんですもんね。

瀧波 うちの娘は世界情勢に興味があるみたいで、NHKが子供向けにやっている世界情勢についての番組を毎週見ているんです。ブレグジットとか、香港のデモとか。最近、親の立つ瀬がどんどんなくなっている(笑)。
 でも、この本も最初はブレイディさんが息子さんに「世の中ってこうなんだよ」って伝えているのが、後半にいくにしたがって息子さんの見方になっていて。息子さん、11歳から12歳になる頃ですよね。本に書かれている1年半の間にものすごい勢いで成長している。

ブレイディ 子どもの成長ぶりを見ていると、いきものってすごいな、と思ったりします。

 子どもってすごいという意味では、最終章にグレタさんのことがでてくるじゃないですか。あの章を読んで改めて、子どもたちが見ているものと彼らの意思をちゃんと理解したいと思いました。
 とはいうものの、実はまだ、本全体を通しての感想は言語化しきれていないんです。日本の中にいても差別や分断を感じるようになっていて、自分の中に潜んでいるものを考えていかなければいけないなと思うと同時に、イギリスと日本の教育ってここまで違うのか、自分の子どもが中学生になるまでの間に親として何ができるのか、この子をこの国で育てていっていいのかな、みたいなことまで考えさせられたり……話がまとまらなくてすみません、いつもこうなんです(笑)。

瀧波 たまに「移住」とかで検索している自分がいるという(笑)。

 そうそう。日本人の中でも、日本はヤバいと思っている人が多い気がします。まあ、海外は海外で日本より激しい場合もあって、ヤバいわけですが。

ブレイディ そうですよ。

社会を信じられる子どもに

瀧波 ブレイディさんが地雷を踏んだ話が出てきますよね。

ブレイディ FGM(女性器の切除)の話ですね。アフリカや中東やアジアの一部で行われている慣習ですが、イギリスでは残酷な児童虐待として80年代から厳しく禁止されて、中学生も授業で教わるんです。で、わたしが移民の保護者の一人と日常会話の中で「お休みはどこか行かれるんですか」と聞いたら「アフリカには帰らないから安心しな」と睨まれて、地雷を踏んだことに気づきました。

瀧波 あの回を読んで、「えっ、こんなの難題すぎる!」と思いました。日本のママ友社会にも地雷はあるんですが、それはみんなが同じでいるための地雷というか。でも、みんなが違う背景を持つ社会で、それを踏まえて注意深くふるまっても、踏んでしまう地雷があるんですね。

ブレイディ 踏むまいといくら気をつけても踏んでしまうものなんだと割り切らないと暮らしていけないところはありますよね。悪気がないのなら、それで悩みすぎてポリコレ嫌いになっちゃうのもどうかと思いますし。

瀧波 タフにならざるを得ない。

Image
劔樹人

 子どもたちは余計そうですよね。息子さんが通う元・底辺中学校では、お互いに地雷を踏み合っているわけで。
 ぼくがいま、自分が通う中学校を選ぶなら、息子さんと同じようなところを選ぶだろうなと思うんです。入学説明会のときの校長先生のふるまいからして魅力的で。でも、スパッと選べるかな……。

ブレイディ 取材してくださる方々からも「なんで、あの学校に入れたんですか」ってよく聞かれるんですけど、わたしは「ここに行けば」なんて一言も言ってないんです。息子が決めることですから。まあ、息子と一緒に入学説明会のライブを観ているときもノリノリだったし、わたしがこの学校を気に入っているのはみえみえだったと思うんですけど(笑)。
 息子の同級生のほとんどは別の中学を選んだんです。そこは進学校で、わたしたちも見学には行きました。でも、前の方の席の生徒は真面目に授業を聞いているけれど、後ろの方の生徒は雑誌を読んだりして、なんだか“捨てられている”感じを受けてしまって。
 息子が選んだ中学校は、廊下に丸テーブルが置いてあって、授業についていけない生徒を先生がマンツーマンに近い形で教えていました。それって、後ろの方の席に座っている子どもを押し上げようとする行為じゃないですか。たとえ効果がないとしても、大人がそういう姿勢を見せることが大事だと思うんです。それによって、社会を信じられる子どもになると思うから。どうなるか誰もわからない未来を幸せに生きていけるかどうかは、成績の良し悪しじゃなくてそういうところのような気がします。

 本の中で「クラスルームの前後格差」と書かれているところですよね。ぼくも、とても身につまされました。
 うちの母は新潟で高校の教員をしていたんですけど、リベラルで自分なりの教育の理想をはっきりもっているひとで、不良ばっかりいる「底辺校」を渡り歩いていたんですよ。

ブレイディ イギリスでは、公営住宅地にあるような貧しい学校ほど優秀な教員が集まる傾向はありますね。

 ぼくは県内で一番の進学校に行ったんですけど、そこではできるやつはできるけど、全然できない落ちこぼれがわりといて。底力はあるから最後はつじつまを合わせるんですけど、教室での前後格差は確かにあった。

瀧波 わたしは後ろ側でしたね、高校のとき。

 ぼくもです! 中学のときはテストやったら上から5番以内に必ずいたんですよ。でも高校に入ったら後ろから16番目でした。

子どもには「遊ぶ権利」がある

瀧波 この本には、常識をガーンと破られるみたいな面白さがありますよね。優秀な学校は白人ばっかりだと思っていたら逆じゃん! みたいな。日本もだんだんそうなっていくんだろうなあ、ってなんとなく悲観的に思っていたんですけど、この本を読むと、なんだかそれも面白いじゃんって思えるから不思議です。

ブレイディ そうそう。なにもなくてまったりしているところより、いろいろあるけどダイナミックなところの方が面白いですよね。

瀧波 私が育ったのは釧路の新興住宅地だったから、親の収入くらいしか違うところがなかったような気がするんですけど、これからは……。

ブレイディ 収入とかの縦の違いも、人種とか文化といった横の違いも、ぐちゃぐちゃになってくる。

瀧波 そうなったときに、自分の子どもにも面白いと感じてほしいです。
 本の中には、ブレイディさんが子どものときの話も出てきますよね。

ブレイディ 自分の子どものころの記憶なんて普段はまったく忘れているのに、子どものやってることを見て、フラッシュバックのように甦ることないですか?

Image
瀧波ユカリ

瀧波 あります。本の中に、ブレイディさんの中学時代の先生が、生徒を喧嘩両成敗にしたエピソードが出てくるじゃないですか。「人を傷つけることはどんなことでもよくない」って言って。あれとは違う雑さというか、波風を立てないための雑さを、子どもを見ていて思いだすことがあります。
――小学生や中学生でいえば「水筒問題」っていうのもありますよね。猛暑で熱中症になるのを防ぐために、子どもに水筒を持たせようとしても校則で禁止。期間限定で持参が許されても、登下校中は飲んではいけないとか。

ブレイディ え? イギリスは夏でも冬でも子どもにウォーター・ボトルを持たせることが法律で決まってますよ。子どもの健康とか、人権をどう考えているんだろう?

 もともと部活でも水を飲むなというような土壌もありましたし、熱中症の理解が最近ようやく進んできたということはあるにせよ、現場のルールはもっと変わってしかるべきなんですけどね。

瀧波 そういうおかしなルールはほかにもあって、女子生徒の下着の色は決まっているとか、生まれつきの髪の色が違っても黒く染めなければいけないとか。昔より酷くなっている気がします。先生も余裕がなくて一件一件に対応できないから、もうこれを守ってください、というのもあるんでしょうけど。

 それはわからんでもないんですよね。保育園とかで先生を見てても、たいへんそうだし。

瀧波 まあ、だから、理不尽があるのはよくないんだけど学びの糧にするしかないんですかね。ブレイディさんの息子さんも理不尽がデフォルトみたいな世界を生きているわけですし。

ブレイディ しかし、子どもが学校と家の板ばさみになると、つらいですよね。イギリスが子どもの人権を考えるようになったのは、ヴィクトリア朝の時代まで遡りますけど、子どもに労働させていたことへの反省があるからなんです。だから今でも小学校の授業でヴィクトリア朝時代の子どもの一日を体験してみるみたいなカリキュラムがあって、メイドとか煙突掃除の少年とか当時の格好をして行うんです。
 で、その格好でいちにち労働させて、体験を語り合って、「じゃあ、どうして君たちは今、こうして働かずに学校に行けるんだろうね」「国連憲章には、子どもには学ぶ権利だとか、守られる権利だとか、危険な目に合わされない権利が記してあって、それが国の法律になって、君たちは守られているんだよ」と教えるらしいんです。

瀧波 すごい。

ブレイディ 哲学者の國分功一郎さんから聞いた話なんですが、彼が子どもをイギリスの小学校に通わせていたとき、学校を見に行ったら、「遊ぶ権利」っていうポスターが貼ってあって衝撃を受けたそうで。

瀧波 まぶしい!

ブレイディ イギリスの子どもはいろいろ教えられるんですよ。声を上げる権利とか、声を聞いてもらう権利とか、搾取されない権利とか。

瀧波 日本の道徳の授業から100万光年くらいの距離を感じます。日本はどうしても自己犠牲とかまわりに迷惑をかけないという話になりがちで。遊ぶ権利とか言ったら、そのための義務を果たせとか言われそう。

 ぼくはけっこうそういうのを素直に吸収しちゃうタイプかも(笑)。

「エンパシー」で分断を超えろ

 授業といえば、息子さんは学校でエンパシーについて教わっていますが、あれ、いいですよね。

ブレイディ エンパシーは、自分が必ずしも賛同できない、共感できない相手の頭の中、胸の内を想像してみる能力のことですね。イギリスはいまEU離脱で離脱派と残留派がやりあったり、そのほかにもいろいろな分断があります。だから、分断を乗り越えるために知的な作業を身につけさせなければ、ということで教えているみたいです。
 多様であるということは違いがたくさんあるということですから、ものごとを進めるにも一筋縄ではいきません。一例を挙げれば、イギリスではLGBTQについて小学校から教えるようになっていますけど、たとえばムスリムのご家庭では教義上、教えてほしくないわけじゃないですか。だからムスリムの家庭の多い都市では、親がLGBTQの授業のある日は子どもを学校に行かせないという運動を起こして、学校が授業を止めたと報じられたりしています。
 難しい問題ですよね。宗教を信じる自由はある。もう一方で、小さいうちからLGBTQについて教えておいたほうがいいという考えがある。さらに、ムスリムはイギリス社会ではマイノリティなのでLGBTQの教育を同化主義だと批判するひとも出てきたりして、政治も簡単には動けない。多様性のある社会というのは、そういうことばっかりですよね。
 でも、多様性のある社会に違い=分断があるのは当たり前じゃないですか。分断を目の当たりにしたときに、自分と違う立場の人がなぜそういうことを言うのかを想像できなければ解決策は見つからない。お互いのことが分からないと、前に進めない。でも、ツイッターとかを見ていると、自分の言い分で誰かを攻撃するという状況がありますよね。

 本の中で、万引きした子へのいじめについて、息子さんが語るシーンがあるじゃないですか。

ブレイディ 「人間はいじめるのが好きなんじゃないと思う。罰するのが好きなんだ」という言葉ですね。正義の名の下に誰かを罰するという行為は根深い。

瀧波 でも、そういう状況も過渡期かもしれないとも思うんです。正論をぶつけるのが勝ちじゃないということに気づくまでの過渡期。まだみんな勝ち負けにこだわるじゃないですか。3、4年したらそれが変わってくるんじゃないかなあ、というか、そこまでは醜悪さが増していくかもしれないんですけど、それをみんなが見ることができるので、そこに学びはあるんじゃないかなと。

 それはぼくも同感です。息子さんの無知の話がありましたけど、自分も含めて日本人の大部分はまだ無知の状態だったと思うんです。

瀧波 見ないで済む問題がすごくいっぱいあった。

 それが見えるようになってきた。

Image
ブレイディみかこ

ブレイディ となると教育が大事ですね。

 ブレイディさんが紹介しているイギリスの言葉「It takes a village」は、子どもはコミュニティ全体で育てるもの、という意味ですよね。素敵な言葉だと思いました。学校や家庭だけでなく、地域も含めた日常での教育が大事ですよね。
 ぼくも娘を育てる中で、女の子だからピンクの服というふうには教えたくなかったので、娘にマニキュアを塗られても、「パパは男だからダメだよ」とか言わないようにしてます。

瀧波 子どもはけっこう外からガチガチの価値観をもって帰ってきたりするんで、その都度わたしも言います。男が女の格好しても、女が男の格好してもいいじゃん、とか。

ブレイディ うちの息子もそう育てようとして小さい頃はピンクの服を着せたりしていたんですが、成長すると「そんなのガーリーだ」「黒がいい」とか嫌がられて。

瀧波 娘は女性が未だ就けない職業があることを知っていろいろ思うところがあるようで、ちょっと前になりたい職業を夫が聞いたら「ファッションデザイナーか、誰かを助けている人を応援する仕事か、大統領か皇后か関取」って後半3つがすごいことに(笑)。

 いいですねえ(笑)。

瀧波 志は良いけど、最後のやつ、身体的な素質はあなたゼロだよ、って(笑)。

 いいですねえ(笑)。子どもって面白いし、親の視野を広げてくれますよね。

瀧波 わたしも子どもを生んだらこれまでわからなかったことがたくさんわかるようになった。

 ブレイディさんのこの本は、先人の知恵というか、こんなに多様性のある環境で子どもたちが力強く育っていけるんだという安心感も覚えます。

ブレイディ なんとかなる、ということですよね(笑)。連載はまだ続いているんです。この先どう変わっていくのかわかりませんが、楽しんで書ける間は続けてみたいと思っています。

(たきなみ・ゆかり 漫画家)
(つるぎ・みきと ミュージシャン・漫画家)
(ぶれいでぃ・みかこ コラムニスト)
波 2019年12月号より
単行本刊行時掲載

元・底辺中学校で出会うリアルな「世界」

ブレイディみかこ

「これは全書店員がどうやったら多くの人に読んでもらえるか考えるべき1冊だ」全国の書店員さんが心を揺さぶられた等身大ノンフィクションの舞台裏。

――書店員さんの感想、すごいです。

ブレイディ ほんとうにありがたいです。全国の書店員さんたちが「ゲラを読んでください」の呼びかけに手を挙げてくださり、忙しい業務の合間に熱い感想を書き送ってくださったからこそ、著者を含む関係者がその気になった本ですので(笑)。
 書店員さんたちからいただいた感想を綴じ込んだファイルと、新潮社の宣伝部の方がそれぞれの感想をその人が働く書店用にカスタマイズしてくれた狂気のPOP(笑)の分厚い束が、わたしの仕事部屋にあります。これを見ていると、不覚にもまた視界が滲んで……。
 この本は、12歳の息子と彼が通っている中学校、個性豊かな彼の友だちや先生たちとの日常について書いたものです。わたしの住む英国では、ありふれた日常を描いた作品のことを「キッチン・シンク」と呼びます。日本語にすれば「台所の流し」で、人目を引くものや珍しいものを探して描くのではなく、そこらへんに転がっているものを題材にして作品を作るという意味でもあります。
 あまりに自分に近いところにある出来事を書いているので手探りでしたが、感想にとても励まされました。

――ユニークなタイトルです。

ブレイディ これ、息子の落書きの言葉なんです。ある日、彼の部屋を掃除していたら、国語のノートが開かれたままになっていました。「ブルー」という単語はどういう感情を意味するかという問いに「怒り」と答えて、赤ペンで直されていました。と、右上にこの落書きが目にはいったんです。青い色のペンで、ノートの端に小さく体をすぼめて息を潜めているような筆跡でした。
 わたしは日本人で、配偶者は白人のアイルランド人です。息子は何かこんなことを書きたくなるような経験をしたんだろうか。この落書きを書いたとき、彼はブルーの正しい意味を知っていたのか。それとも知る前だったのか。そう思うと、そのことを無性に知りたくなりました。そして、落書きの言葉をそのままタイトルに使ってしまったんです。

――どんな中学校なんですか。

ブレイディ 荒れていたことで有名だった「元・底辺中学校」です。公立ですが、音楽や演劇、ストリートダンスといった授業に力を入れてから子どもたちの素行も成績も良くなった。なんだかドラマの「glee/グリー」みたいだな、と思いました。落ちこぼれそうな生徒がいたら教室のすぐ外で“個別授業”をやるところとかも、日本の高校で落ちこぼれたわたしには好感度が高かった。

――次から次に事件が起こります。

ブレイディ なにしろ、自分が固まりきらないプレ思春期ですからね。息子が学校であったことを話してくれるので、わたしはそれを書き留めているだけです。息子とはいえ、自分ではない人のことは案外わからないもの。だから、わたしの解釈はなるべく書きません。あとは読者が考えてくれればいいと思っているんです。

――子どもたちの解決方法がすごい。

ブレイディ そうなんです! たとえば、こんなことがありました。わたしはボランティアで制服の古着を繕うリサイクル活動をしているんですが、息子から「一着買って友だちにあげたいんだけど……」と相談を受けました。彼の家は本当に貧しくて制服はお兄ちゃんのおさがり。いや、制服どころではなく食費にも事欠いていて、学食の万引きの常習犯です。
 わたし自身も貧しくて定期代もアルバイトで稼ぐような子どもでした。だから、彼に制服をあげたい。でも、切り出し方が難しい。どう言えば相手が傷つかないか、考えを巡らせたんですが、なかなか考えつきません。すると、わたしに構わず、息子は友だちに制服を渡してしまいました。
「どうして僕にくれるの?」
 案の定というべきか、大きな緑色の目で見つめながらそう聞く彼に、息子は言いました。
「君は僕の友だちだからだよ」
 こんなシンプルなことが大人のわたしには言えなかった。毎日、子どもたちに教えてもらうことばかりです。

――続きが楽しみです。

ブレイディ これからどうなるのか……息子にもわからないでしょう(笑)。
 彼はいま、iPhoneでの作曲に夢中です。ダンスミュージック風の曲をつくって、それを流しながら踊ったりしていますね。カントリーとラップを融合させたLil Nas Xの「Old Town Road」が今のお気に入りみたいです。わたしもふりだしは音楽ライターでしたから、血は争えないというか。でも、彼の興味も、アイデンティティーも、これからどんどん変わっていくはず。できるかぎり、書き留めていきたいと思っています。

(ぶれいでぃ・みかこ 小説家)
波 2019年8月号より
単行本刊行時掲載

関連コンテンツ

この感動を誰かに伝えたい《参加者全プレ》キャンペーン開催!

image

 書店員さん、そして読者のみなさんに支えられ、ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、発売二カ月で累計5万部となりました。まことにありがとうございます!

 感想を届けてくださる方々から「感動を誰かと共有したい」「早く続きが読みたい」との声もいただきました。そこで今回、感謝の気持ちを込めて、とびっきりの続編をプレゼントいたします!(単行本未収録の一篇です)

 8月9日(金)から9月1日(日)までの期間中、Twitterで「#ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー読んだ」(※正式タイトル内の「、」は必ず省略してください)を付けて、感想や好きなフレーズをつぶやいてくださった方にもれなくお贈りいたします。
 詳しい参加方法は下記に記載しました。

 ご参加を心よりお待ちしております!

《参加者全員プレゼント》キャンペーン参加方法

(1)『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』公式Twitterアカウント(@ywbg2019)をフォロー
(プレゼントのURLをダイレクトメッセージでお送りします)

(2)ハッシュタグ「#ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー読んだ(※正式タイトル内の「、」は必ず省略してください)と一緒に、作品の感想や好きなフレーズなどを自由につぶやいて参加完了

1.Twitterをフォローする

2.投稿する

  • ハッシュタグが長く字数を取ってしまい、すみません。書き足りない場合は、スレッド投稿をご利用ください。
    (ハッシュタグはそのスレッド内の一箇所にあれば参加となります。)
     Twitterでスレッドを作成する方法
  • 書籍正式タイトル内の「、」を入れますと、ハッシュタグが無効になってしまいますのでお気を付けください。
  • 上記の「投稿する」ボタンよりツイートいただけますと、正確な応募用ハッシュタグが書き出されます。どうぞご利用ください。

[→]#ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー読んだ のツイートを見る

キャンペーン期間

2019年9月1日(日)23時59分まで

ご連絡

 ご参加いただいた方にはダイレクトメッセージにて、単行本未収録の続編一篇が読めるURLを送らせていただきます。
 担当者がメッセージを確認してから返信するため、ご投稿いただいてからデータが届くまでに少々お時間をいただく場合がございます。何卒ご了承くださいませ。
 ご応募は、上記期間中のツイートに限らせていただきます。
 以前つぶやいてくださった感想等を、期間中に再度投稿していただいても結構です。
 プレゼントは、現在「」で連載中の一篇と同内容になります。

感想を送る

新刊お知らせメール

ブレイディみかこ
登録する

書籍の分類

この分類の本

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

全国の書店、または以下のネット書店よりご購入ください。

※ 書店によっては、在庫の無い場合や取扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

  • amazon
  • 楽天ブックス
  • 7net
  • e-hon
  • HonyaClub
  • TSUTAYA ONLINE
  • 紀伊國屋書店
  • エルパカBOOKS - HMV
  • honto

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

以下のネット書店よりご購入ください。

※ 詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

電子書店

Shincho Live!