新潮文庫8月新刊として復刊した『色ざんげ』は、恋多き女として華やかな生涯を送った宇野千代が実際の同棲相手・東郷青児をモデルに描いた衝撃作です。「この作品は、終りの一行まで、僕が話したことばかりだ」と東郷本人に言わしめ、世の話題をさらって大ベストセラーとなりました。発表された当時の昭和初期最先端の東京の街の鮮やかさは、現代の読者にどのように受け止められるでしょうか。ノンフィクション作家・河合香織氏による新解説を収録、さらに蒼野甘夏氏による魅力的で挑発的な表情をした若い女性のイラストの新装幀となってお目見えです。
『色ざんげ』に続くのは9月新刊として復刊予定の『悪徳もまた』です。
人が心中をしたりしたとき、そのときのあなたのお気持はどんなだったでしょうか、などと訊いたりすることが出来るだろうか。向う見ずにも私は、東郷にそう訊いてやったのであった。
──という赤裸々な告白が綴られた「それは刃物が導いた──『色ざんげ』追記──」をはじめ、まるで私小説のように人生の節目節目を描いた手記を四編収録しています。
理不尽な父に抵抗する気持ちすら知らないまま成長した故郷・岩国での暮し。村の学校の教員時代。情熱の実らぬまま、初めて味わった失恋。画家・東郷青児との同棲、そして東郷をモデルに描いて世の話題をさらった『色ざんげ』執筆の背景。10歳下の気鋭の作家・北原武夫と結婚し、雑誌編集やきものデザインをはじめるも事業が倒産。ついに負債を完済したところで判を押した離婚届。北原を見送ったときの心象風景──。
これまで読んだ宇野千代作品たちが、より胸に響いてきます。
「私たちが千代に惹かれ、彼女の人生に惹かれ、彼女の恋や選択に惹かれるのは、それを自ら紙に書きつけるその筆致の魅力なのだ」「千代の筆致には、書くことによって自分の人生の主導権を絶対に手放すことをしなかった執念に近いこだわりを感じるのも確かだ」という鈴木涼美氏の新解説とともに、旧版から再収録した瀬戸内晴美(寂聴)氏の解説も必読です。装幀は新しく宇野千代のポートレイトになりました。千代のデザインした桜をあしらっています。
さらに、宇野千代が10年を費やして執筆に専念し、野間文芸賞を受賞した代表作『おはん』も、この機会にカバーを新装予定です。こちらの蒼野甘夏さんによるイラストは、『おはん』のための描きおろしです。
三冊あわせて、是非お近くの書店でお手にお取りください。
日本のエンターテインメント文学を代表する文学賞、直木三十五賞。
毎回、実力作がしのぎを削り、選考では意見が割れることも珍しくありません。そんななか、2024年に満場一致で受賞を果たしたのが、このたび新潮文庫より刊行された河崎秋子さん『ともぐい』です。「迫力があり、とにかく圧倒される」と選考委員を唸らせ誰もがその受賞を認めた、圧巻の一作でした。
舞台は明治後期の北海道。山の王者である熊に、村田銃と一匹の犬だけを伴い挑む男・熊爪の姿を描いた本作。時に瀕死の重傷を負いながらも、執念深く、情け容赦のない最強の熊を追い続けるのは、己の生きた証を見出すため──。やがて熊爪は、真意の読めない盲目の少女との出会いやロシアとの戦争に向かう時代の変化の波に戸惑いながらも、生きる意味を求め、熊との壮絶な対決へと自らを追い込んでいきます。
命とは、生を喰らうとは、何なのか。
根源的な問いを私たちに突き付けながら、抗えない運命の皮肉までも謳い上げた堂々たる物語です。
このたびの文庫化に際し、探検家の一面も持つノンフィクション作家・角幡唯介さんに、解説を寄せていただきました。
〈以下「解説──自然との調和という毒薬」(角幡唯介)より一部抜粋〉
もし深い森の奥で赤毛の大熊におそわれたとき、自分は熊爪のように毅然と死をうけいれることができるだろうか。みずからの負債を自然界に返済することに納得できるだろうか。それともみじめに狼狽え、背中をむけて逃げ出そうとするのだろうか。
それはわからない。いまはただ山にもどって、躍動する生命と森の空気に全身を浸したいと切望するだけだ。無慈悲でもあり優しくもある山。そこでしか生きられなかった熊爪の気持ちが、私にはよくわかる。
北海道の地で厳しい自然と直に触れながら言葉を紡ぎ続けてきた著者だからこそ描ける、人間と獣たちの業と悲哀が、心を揺さぶってやみません。
ぜひ文庫化となったこの機会に、名だたる選考委員を圧倒した傑作をお楽しみください。
「私が好きなものって何だっけ......?」忙しい日々の中で、ふとそう思うことはありませんか。今夏、好きなものを100個書きとめておける『きろくのほん』が新潮文庫から刊行されました。
クリーム色のカバーをひらけば、なかは100項目分のドット方眼のページ。メモでもイラストでもコラージュでも自分の好きなスタイルで記録を残すことができます。また、通常の新潮文庫と同じスピン(栞紐)やページ番号のほか、自分で書き込める目次もついているので、あとから見返すのも簡単です。
最近読んだ本や観た映画の感想、推し活日記、チケットや写真をコラージュした旅の思い出帳、勉強や部活の進捗記録......など使い方は十人十色。書く内容ごとに複数冊持つのも良いかもしれません。
ページのなかには、他にも新潮文庫らしい「仕掛け」があります。新潮文庫のシンボルであるブドウマークが、時折ページ右上に出現するのです。このブドウマーク、じつはいくつか種類があるというのはご存じでしょうか? まず新潮文庫の表紙に印刷された正式なシンボルマークのブドウ、次に本扉(表紙をめくった最初のページ)にある葉っぱつきのブドウ、そして3つ目が今回『きろくのほん』のページに使用した粒数の少ないブドウ(先の2つは13粒ですが、このブドウは10粒です)。この10粒ブドウは、1960年代後半、先の2案と変化をつけて文庫カバー専用にデザインされたものでした。今ではごく限られたカバーにひっそり残るレアなマークですが、『きろくのほん』では10項目ごとにページ右上に現れ、100項目めのページにちょうど完成形の10粒ブドウが現れるデザインとなっています。
1行だけでも、殴り書きでも、書きかけでも、すべて愛すべき「あなたのきろく」。自分の「好き」がつまった、世界でたったひとつの一冊をつくってみませんか。
毎年恒例の夏に行われる書店フェア「新潮文庫の100冊」は今年で50周年。これを記念して現代を代表する超豪華な作家陣(伊坂幸太郎さん/江國香織さん/恩田陸さん/梨木香歩さん/町田そのこさん/宮部みゆきさん/米澤穂信さん)に「夏」をテーマに短編を書き下ろしていただきました。ここでしか読めない短編が揃った一冊になっています。
描かれている物語はどれも一級品で、各作家の魅力を存分に味わうことができます。伊坂幸太郎さんの描く名探偵、町田そのこさんが描く甘酸っぱい恋愛、恩田陸さんの描く青春ホラーなどなど......。様々なジャンルが詰まった、どの世代の誰にとっても楽しめる一冊になっています。初めて本を読む入り口としてもピッタリです。
そして今回の装幀には、「新潮文庫の100冊」が始まった1976年の小冊子デザインをモチーフにした初回限定カバーをご用意しています。通常の新潮文庫のカバーと異なる手触りの良い厚手の紙を使用し、タイトルには箔を押すことで紙の本で持っていたくなるような美麗な一冊に仕上げました。ぜひ書店に足をお運びください。
『青い壺』『悪女について』『恍惚の人』『非色』『華岡青洲の妻』......数々の話題作を遺した有吉佐和子が20代後半から30代前半で発表した珠玉の名作たちを、新潮社より新装復刊しました。
初めて読んだ有吉佐和子作品がどれだったか、覚えていますか?
『悪女について』『華岡青洲の妻』......生前に発表された作品は映像化されたものがたくさんあるので、先に映画やドラマから触れた人も多いかもしれません。社会現象にもなった『恍惚の人』の大ヒットによって、新潮社の本館の向かいに別館ビルが建てられ、「恍惚ビル」の別名がついたという逸話もあります。
数々の話題作を残した著者は、実は53歳という若さでこの世を去りました。圧倒的筆力は、若い頃からエンジン全開。本書『役者廃業・三婆』に収録された作品たちはどれも、いまならアラサーと呼ばれる年齢で執筆されたものです。端正な工芸細工のような日本語、比類のないストーリーテリング、作品を深く掘り下げるジャーナリスティックな視点。いま読んでも「新鮮」な傑作ばかりです。
今作の帯には、収録作「亀遊の死」を舞台化した際の名演が評判となった坂東玉三郎さんから推薦のコメントをいただいています。
毎日有吉先生の台詞をしゃべっていると、
有吉さんが私の側で語りかけているような気がします。
愛と哀歓で世の中と人間の全てを洞察している先生の視線。
見えてしまえばこそ、さぞ辛かったであろうと思いながらも、
私は先生の作品が大好きなのです。
『青い壺』で初めて有吉佐和子を知った、という若い読者のみなさんにも、ぜひ手に取っていただきたい貴重な短篇集となっています。舞台「三婆」で、長年タキ役を好演してきた渡辺えり氏による新解説も必読です。
































