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「第一級の小説」が少なくなったとお嘆きの貴兄に 岡田浩之(コラムニスト)


 Yonda?Mail購読者の皆さん、こんにちは。

 NHKドラマにもなった「ハゲタカ」シリーズ、原発の全電源喪失事故を予言していたと騒がれた『ベイジン』、山田風太郎賞と直木賞に続けてノミネートされた『コラプティオ』。真山仁さんの作品には、出版されるたび、いいニュースと悪いニュースがセットで出てきます。いいニュースは「面白い!」、そして、悪いニュースは「長い!」。

『ハゲタカ』『ハゲタカ2』『レッドゾーン』の3部作や『ベイジン』はそろって上下2巻。『コラプティオ』や『マグマ』(これもドラマ化)、『虚像の砦』も1冊本ながら、みなブ厚いのです。

 いずれも「面白い!」ことは間違いないゆえ、その面白さに長く浸っていられる「長い!」という特徴は本来、素晴らしいニュースなのですが、でも、やっぱり困るときには困る。ページを繰り始めたら止まらず、仕事も食事も風呂も睡眠も後回しになって、ラストまで一気に読了させられてしまうのです。

 そういう“真山仁被害者の会”会員、あるいは入会検討中のあなたに、いいニュースと、もっといいニュース--新潮文庫の新刊『プライド』は、いつものように面白い! そして、いつものようには長くない!


 タネ明かしをしてしまうなら、新潮文庫の新刊『プライド』は、著者最初にして、今までのところ唯一の短篇集です。

 好きな作家、興味のある作家の未読の作品を前にして、さぁ、どれから読もうかとなったとき、短篇集と長篇だったら長篇を選ぶという人の方が多いかもしれません。私も長篇派のひとりなのですが、何事にも例外はあります。真山さんは長らく、短篇が読みたいと思わせてくれる数少ない作家でした。

 幅広いテーマで文字通りの大作、話題作を連発してきた著者は「新世代の経済小説家」「情報小説の旗手」「政治小説復活の立役者」など、さまざまに評されます。しかし、そうした肩書は実はどれもちょっとピントが外れています。

 経済や政治、エネルギーやマスメディアなどが作品に大きな意味を持つことは間違いなく、また、緻密な取材に裏づけられた的確な情報が、他の作家にない魅力であることも確かです。でも、真山作品は経済小説や政治小説、情報小説といった狭い枠に収まってはいません。「○○小説」によくある、情報優先のご都合主義による薄っぺらさが皆無なのです。

 真山作品は何より小説、それも第一級の小説であり、真山仁は第一級の小説家である--これまでの長篇、いや大長篇の数々に引き込まれるたびに深まっていた思いは、初の短篇集『プライド』に触れて、確信となりました。

 6篇の短篇と掌篇が1本、計7作の背景には、政権交代に医療改革、食品スキャンダル、破綻に瀕した農業、愛国と売国といった“今ここにある危機”が置かれていて、いつもの真山的世界との間に断絶はありません。

 が、情報の量が小説としての勝負の道具になりようのない短篇だからこそなのでしょう、生の人間、生の世界を描く小説家の熱さと巧みさが、『プライド』ではいつもの長篇より強いくらいに実感できます。ストーリーからプロット、人物や細部の設定に至るまで、小説を読む愉しみがさらに濃いと言ってもいいでしょう。

 作品の舞台や新聞記者出身という経歴から、真山さんとその作品にはジャーナリスティックという形容がよくついて回ります。ところが真山さん、実はミステリーやサスペンス、冒険小説などのエンタテインメント小説、それも翻訳モノの愛読者にして乱読者、精読者でもあります。

 収録された短篇それぞれの力、そして連作短篇集として通読して感じる1冊の本の力。そのいずれもが強いのが『プライド』です。その力は、編集者とのエンタメ読書会を長く続けていたり、NHKの教養番組で横溝正史について講義していたりもする、根っからの小説読みにして小説好きである真山さんの蓄積からこそ生まれているのでしょう。

「○○小説」には興味がわかない、短篇より長篇が好きという、小説読みにして小説好きであるあなたに『プライド』をお薦めするのには、そんな理由もあるのです。

岡田浩之(コラムニスト)
1967年群馬県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社での雑誌編集部勤務を経てフリーランスに。金融・経済・技術・メディアなど幅広い分野で執筆のほか、編集、翻訳も手がける。


『プライド』刊行を記念して、「真山仁事務所公認『プライド』読書会コミュニティ」がFacebook上に発足しました。読者による自発的な読書会を通じて、さらに『プライド』を楽しんでもらおう、という試みです。真山仁先生の読書会飛び入り参加もあります! 詳細は、Facebookのコミュニティをご覧ください。

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2012年09月10日   今月の1冊
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