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あなた、ひょっとして「俺」なんじゃないですか? (新潮文庫編集部 I・K)


 Yonda?Mailを読んで下さるみなさん。こんにちは。

 今日、ご紹介するのは、星野智幸さんの小説『俺俺』です。
 本作は、第5回大江健三郎賞受賞作。そして本作を原作にした映画が、5月25日から全国ロードショー公開される話題作です(監督は「時効警察」で話題を集めた三木聡さん。そして主演は、KAT-TUNの亀梨和也さんです!)。

 ところで、『俺俺』というタイトルからイメージするのは、そう、オレオレ詐欺(いまは振り込め詐欺とも呼びますね(^^))ですね。電話で「俺、俺」と繰り返し、相手に身内と信じ込ませて、大金をだまし取る手口は、現在も大きな社会問題です。

 小説『俺俺』でも、ある日、他人の携帯電話を手に入れた、主人公の家電量販店店員・永野均が、ほんの出来心から、携帯電話の持ち主の母親を相手に、オレオレ詐欺を仕掛けるところからストーリーは始まります。

 しかし、理由はわからないまま、均は、だました母親の本当の息子になっていたのです。そして、驚いた均が実家にもどると、見ず知らずの男が均を名乗り、生活をしていたのでした。不可解な状況のなか、均は自分を名乗る男に次々に出会っていきます。どうやら俺の知らぬ間に、「俺」たちが次々増殖しているらしい……。

 はたして、俺にとって、増殖する「俺」たちは、究極の理解者なのか、それとも本当の自分を脅かす、存在してはならないニセものの存在なのか――。

 大江健三郎賞の選評で、選者の大江さんは、奇想に満ちた細部を次々に自然に展開させる力を備える、優れた「小説的思考力」をもった作品である、と『俺俺』を評価されました。テンポよい語りと、痛烈な笑い。『俺俺』はあり得ないはずのシュールな設定を、ひりつくような現実感のなかに展開し、読者の心をがっちり掴んで離しません。そして、待ち受ける驚きのエンディングからは、この社会に生きる私たち自身を見つめ直す、大きな問いかけを受け取ることでしょう。

 牛丼屋のカウンターに居並ぶサラリーマンの口に、給油ノズルを差し込む無表情の店員たち。故・石田徹也さんの絵画「燃料補給のような食事」から、著者の星野さんは「俺俺」を書く運命を感じたとおっしゃいます。その恐怖感とユーモアが絶妙に同居する魅力的なカバー絵が、本書の目印です。戦慄の「俺」小説を、ぜひお楽しみ下さい!

(新潮文庫編集部 I・K)

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2013年04月10日   今月の1冊
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