ホーム > 新潮文庫 > 新潮文庫メール アーカイブス > 日本の警察小説を変えたシリーズ、第1部完結篇
新潮文庫メールマガジン アーカイブス
日本の警察小説を変えたシリーズ、第1部完結篇


 2005年、今野敏さんが長篇を発表しました。『隠蔽捜査』――これまで敵役として描かれることが多かった警察官僚を主人公に据え、幼なじみで同期のキャリアをバイ・プレーヤーとして登場させるという、全く新しいタイプの警察小説でした。主人公・竜崎伸也は東大法学部卒。警察庁長官官房総務課長として登場しました。エリートを自任し、ユーモアも解さない朴念仁で、周囲には変人だと思われています。変わった男であることには違いないのですが、彼がその後、人気を得た理由がひとつありました。エリートは国家のために尽くすべきだ。心の底からそう考えているからです。
 連続殺人事件で揺れる警察組織を描いた『隠蔽捜査』のラストで、竜崎は大森署署長へと異動。身内の不祥事の責任を負った上での降格人事。キャリアであれば辞職して民間に転じる局面ですが、彼は「これから、おもしろくなりそうじゃないか」と心中でつぶやき、所轄署の主となります。
 続く作品において、竜崎は、立てこもり事件、米大統領の警備事案、国会議員誘拐事件などの難事件を、捜査員たちを指揮し、次々と解決してゆきます。同時に、署員の声に耳を傾け、形骸化した慣習を改め、署自体を変えてゆきました。
 今回文庫化された長篇第7弾で、彼は社会インフラを揺るがす鉄道と銀行のシステムダウンと非行少年殺人事件を同時に引き受けます。この間に、これまでの活躍が上層部に認められたため、神奈川県警への栄転が決定。つまり、このふたつの事件は、彼にとって警察署長としての最後の事案となるわけです。
 第1作で吉川英治文学新人賞、第2作『果断―隠蔽捜査2―』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞を、シリーズ全体として吉川英治文庫賞を受賞した「隠蔽捜査」。新作を待ち望む読者の中には、ジャーナリストの池上彰さん、元厚生労働事務次官の村木厚子さんなどもいらっしゃいます。
 竜崎伸也警視長の大森署署長時代を締めくくる『棲月―隠蔽捜査7―』。自信を持ってお勧めできる警察小説です。未読の方は、ぜひ、第1作『隠蔽捜査』から、彼の軌跡を追ってみてください。いつしかあなたは、この変人にまた会いたくなっている自分に気づくことでしょう。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年08月17日   今月の1冊
  •    
  •