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石田三成の何が凄かったのか。


 石田三成という名前を聞いて、何を連想するでしょうか。
「関ヶ原合戦の西軍大将だったのに惨めに大敗した」とか「官僚的で、人望がなかった」など、あまりいいイメージを持たれていないかもしれません。
 確かに、多くの小説などでは肯定的に描かれてきたとは言いにくい。もっとも、関ヶ原合戦以後、盤石の権力を手中にした徳川にとっては、敵の大将が「魅力ある人物」であってはいささか困ったのかもしれません。
 そもそも、本当に「人望がなかった」のであれば、西軍の大将になれたはずもないのです。では、石田三成という武将の魅力とは何であったのか。
 武に秀でていたわけでもなく、感情豊かな能弁家でもなかった三成が、なぜ人を惹きつけたのか。これは大きな「謎」でしょう。本書は、小説でしか描けない三成像によって、それに一つの解答を与えているのです。
「賤ケ岳の七本槍」と称せられる七人の武将の目を通して、次第に浮かび上がってくる石田三成の知られざる姿。戦国乱世という苛烈な時代を受け入れつつ、その先に、三成が思い描いていた「この国のグランドデザイン」ともいうべき大きなかたち......。彼が心に秘めていた志や、「七本槍」だけに見せた本音、理の明晰さを信じる姿は、きわめて先駆的で魅力的です。三成が放つ言葉には、著者・今村翔吾さんの熱い想いが乗り移り、まったく新しい石田三成となっています。
 それだけではありません。今村さんの三成像は、天下国家を語るだけの存在ではないのです。五奉行の一人として国のことを考えるのは当然のことでしょう。しかし本作品が秀逸なのは、三成が矛盾と弱さを抱えた人間にも細やかな目を向け、驚くほど感情豊かな言葉を発しているところにあります。

「苦しい日々だったな。辛かったろう」(「五本槍 蟻の中の孫六」より)

「権平......お主が小馬鹿にされ、私たちが口惜しいと思わなかったとでも思うのか」(「六本槍 権平は笑っているか」より)

 思わず目頭を熱くしてしまうのは、これらの場面だけではありません。本書の一番最後で放たれる市松(福島正則)のセリフに、万感胸に迫らぬひとはいないでしょう。と同時に、石田三成という、はるか遠くを見ようとしていた清々しき武将に出会えた喜びもまた、湧いてくるのではないかと思うのです。

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2022年05月15日   今月の1冊
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