本書は、文学の教養がまったくない人間が、数年にわたって月に一回、自分がどうも文学らしいと思っている本を読んだ感想の記録だと考えていただけるとありがたいです。文学に詳しい方からしたら、何も知らない人間がバカみたいに好きなことを書いていて本当に腹立たしいのではないかと心配しています。
本書の「あとがき」の冒頭にはこのようにあります。
雑誌「本の時間」「波」、ウェブ媒体「考える人」の連載をまとめた本書は、『華麗なるギャツビー』『ペスト』『一九八四年』『赤と黒』『カラマーゾフの兄弟』など、著名な世界文学92作を津村さんが読み、紹介したものです。
そういった意味では上の「あとがき」の文章の一文目は正しいのですが、二文目はおそらく津村さんの杞憂に終わることと思います。文学に詳しい方でも本書を読んで腹立たしくなるどころか、楽しく、愉快な気持ちになることをお約束します。
世界文学、海外文学というと、難しい、堅苦しい、読むのに苦労する、などのイメージもあるかもしれませんが、津村さんは古今東西の名作の魅力を、まるで親しい友だちに語りかけるように、気軽でユーモアたっぷりな、ふだん使いの言葉で綴ってくれます。例えばこんな調子です。
ギャツビーて誰? と中学生の頃、「角川文庫の名作100」みたいな冊子を読みながら思っていた。そして、ギャツビーは男性用スキンケア用品の商品名になってますます「誰?」感を増し、さらに、なんだかもうあるまじきことみたいですごく申し訳ないのだが、その状態のままわたしは小説家になり、ある仕事で頂戴した、英語圏の各有名どころが作った「名作必読リスト100」みたいなので、ギャツビーが大人気であることに更に落ち着きをなくし、ついに、この目で確かめなければ、という地点に達したのだった。遅い。すみません。だって華麗とか言われたら、自然と自分には関係ないなと思ってしまうじゃないですか。
(「ギャツビーは華麗か我々か?」──『華麗なるギャツビー』)
「ギャツビー」と聞くとフィツジェラルドよりもまず男性用化粧品のCMを思い出してしまう人は、私だけではなかったのだ! と嬉しくなってしまいます。ほかにも、
「脂肪の塊」から連想されることがすき焼きの牛脂程度であったわたしには、「脂肪の塊」はどうにも読むべきものとは思えなかった。すき焼きの話であるにせよ、言い方になんだか険があったのだ。
(「『脂肪の塊』は気のいい人なのに」──『脂肪の塊・テリエ館』)
最初は、おもしろそう、と軽い気持ちで話しかけたおっさんが、思った以上に絡んできてしまってやばい帰りたいとなるけれども、かなりの高確率で的を射たことを言うので、帰るに帰れない。
(「ビアス氏とくそのような世界」──『新編 悪魔の辞典』)
いいから、もういいからトニオ! 水でも飲んでしばらくぼんやりしていて! タイトルを言ってくれたら好きなアニメの配信とか探すから!
(「十四歳の魂は百までも」──『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』)
など、思わず笑ってしまうような箇所がたくさんあります。
けれど面白可笑しいだけではなく、津村さんが作品を通じて味わった感動や発見、洞察などについても存分に書かれています。思いきり笑ったあとに、しみじみと感じ入る、そんな紹介が92編も! 本当に贅沢で、豊かな文学案内となっています。
『カラマーゾフの兄弟』や『ボヴァリー夫人』など、タイトルは知っているし、読んでみたい気もする、けれどハードルが高いな......と感じていた名作を、実際に読んでみようと思わせてくれる一冊です。「いつか読もう」を「いま読みたい」に。津村さんのガイドで、世界文学に足を踏み入れてみませんか。

































