職人作家デミングが生んだ本書の主人公、タフガイ探偵マニー・ムーンが活躍したのは、パルプ雑誌黄金期の終わりの1940年代末から1960年代はじめにかけて。ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラーと並んでハードボイルド御三家の一人とされるロス・マクドナルドと、ほぼ同時期に活躍していたことになります。さらにはハドリー・チェイス、ミッキー・スピレインとも同世代。これら正統派のハードボイルド小説から派生して、マイクル・コリンズやマイクル・Z・リューイン、ローレンス・ブロックらによるネオ・ハードボイルドやソフトボイルドの探偵ものが生まれました。
いっぽう、エドガー・アラン・ポーを始祖とし、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、ディクスン・カーらが黄金期をつくりあげた本格ミステリーはというと、その進化系として、混迷する推理をも売り物とするコリン・デクスター(モース警部シリーズ)や、R・D・ウィングフィールド(フロスト警部シリーズ)へと継承されていったわけですが、何を隠そう、作者リチャード・デミングは、かつてエラリー・クイーン名義のゴースト・ライターとして十作近くもの長篇を発表しています。いわゆる正統派ハードボイルドの源流と肩を並べるマニー・ムーンものの魅力が、それだけにとどまらない理由のひとつはそこにあるのでした。
ハードボイルド探偵ものでありながら本格ミステリー顔負けの謎解き。そして、「名探偵、皆を集めてさてと言い」よろしくの犯人当て&トリック解明──ジャンルを定めず膨大な量の作品を書き残した職人作家だからこその自由な面白さが、そこにはあります。それがいまから半世紀も昔にすでにして生まれていたのでした。もちろん、ハードボイルド小説ファンにはおなじみの「ワイズクラック(へらず口)」も満載。栄えあるこのミス第1位に輝いた"本格推理私立探偵小説"集を、ぜひともご堪能ください。

































