新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

新書の御利益

 先日、四谷荒木町の某所に嵐山光三郎さん、坪内祐三さんと編集部関係者が集まり、「焼酎を飲む会」を催しました。お二人とも創刊ラインアップに加わっていただいたわけですが、嵐山さんが「両方とも増刷が決まったら、焼酎でお祝いをしよう」と週刊朝日の連載で「公約」されていたのです。いざ発売してみたところ、お二人とも1週間もしないうちに同時に増刷が決まり、めでたく公約実行と相成ったのでした。

 たまたま私がそのちょうど前の日に鹿児島に取材に行く用事がありましたので、姶良郡加治木町(関ヶ原の敵中突破で知られる維新入道こと島津義弘公の居城があったところです)の焼酎店でいまや地元でも品薄の人気銘柄「佐藤」を入手。地元の方おすすめの2本と一緒に一升瓶を飛行機で運び、「焼酎を飲む会」に現地直送で持ち込みました。幸い味の方は好評で、とりあえず今回の焼酎ソムリエとしては胸をなで下ろしたのでした。

 芋焼酎は独特の風味があるので好き嫌いがある……などと言ったのは昔の話で、今は美味しい芋焼酎がどんどん出てきています。しかも最近の特徴は、ロックで飲んでも美味しい、いや、ロックかあるいはストレートで飲んだ方が味が愉しめるという銘柄が続々と開発されていることです。芋焼酎の味も、愉しみ方もずいぶん広がりました。
 私自身、鹿児島の「お湯割り文化」の中で育ちましたから、芋焼酎はお湯割りで飲むものという固定観念があったのですが、いまや完全にロック党です。その私の固定観念をうち破ってくれたのが、一冊の新書でした。

●『本格焼酎を愉しむ』田崎真也(光文社新書)
 日本を代表するソムリエである田崎さんが、実は大の焼酎好きだというのも驚きですが、この本は世界の酒を知り尽くした田崎さんならではの視点にあふれています。個々の銘柄についての解説が役立つのはもちろんなのですが、焼酎を世界のアルコール文化の中でとらえ直しているくだりには、まさに目からウロコが落ちました。日本人にとって蒸留酒というと、西洋経由のウイスキーやブランデーの印象が強いですから、「食後酒」のイメージがあります。しかし蒸留酒が食後酒として定着しているのは西洋だけで、世界的には蒸留酒は「食中酒」、つまりあれこれ料理を愉しみながら、一緒に飲むことの方が多いそうなのです。特にアジアには食中酒として蒸留酒の伝統があり、焼酎もその系譜にありながら、そういう視点でとらえられたことがなかった。日本酒はあくまで「食前酒」であり、日本には食事を愉しみながらお酒を愉しむという習慣がなかったからなのですが、田崎さんは、居酒屋文化と本格焼酎の定着によって、これから日本にも「食中酒」という考え方が根付いていくはず、と書いています。
 要するに「焼酎こそ日本独自の食中酒であり、世界の王道を行くスピリッツ(蒸留酒)である」ということなのです。私は一読して、我が意を得たり、と思いました。田崎さんは、焼酎の特徴に応じていろいろな飲み方を紹介しており、私もここでロックの愉しみ方を知ったのでした。

 たかが焼酎の話じゃないか、と言うなかれ。ほとんど毎日のように飲んでいる私にとっては、ライフスタイルを変えるにも等しいことだったのですから。
 本との出会いは、時としてこんな具合に、生活習慣やものの考え方にも影響してきます。そんな本を読んだ時は、「買ってよかった」と思える。そこには、支払った代金に見合うだけの「御利益」があるわけですね。
 新潮新書も、読んでいただいた後になにがしかの満足が得られるもの、必ず「御利益」があるようなものを出し続けていきたいと思っています。といっても、すぐに生活に役立つとか、狭い意味で実用的だとか、そういうことではありません。ある一つのテーマについてわかる、考え方についてのヒントが得られる、もやもやと悩んでいたことについて霧が晴れる、思いもしなかったような知識が得られる――いろんな形の御利益があると思うのです。広い意味で読んだ方の役に立つ、そんな新書でありたいと思っています。

 5月21日に店頭に並んだ創刊第2弾の6点も、それぞれに必ず「御利益」の得られるものばかりです。中にはすでに、私が目に見える形で御利益を得たものもあります。
生活習慣病に克つ新常識 まずは朝食を抜く!』(小山内博著)がそうです。サブタイトルから、「ええっ? 朝食を抜く? 誤植じゃないの」と怪訝に思われる方も多いと思いますが、まずはご一読ください。実は2年前、「新潮45」という月刊誌にいた時に、著者の小山内さんに「朝食がいかに身体に悪いか」というテーマで書いていただいたことがあるのですが、常識を覆しながら説得力のあるその学説に感動し、小山内式健康法を実践し始めたのです。すると、あら不思議。85キロあった体重は2年間で75キロまで下がり、健康診断の各数値も劇的によくなりました。
 まあ私の場合、もとの85キロという数字が大きすぎますので、10キロなんてほとんど誤差の範囲内みたいなものですが、ともかく本書を読めば、人間の身体の仕組みを理解できますし、これまで常識と思っていた生活習慣がいかに間違ったものであるかがよくわかります。知る歓びを得ながら、身体も健康になれる。そんなお得な一冊なのです。

2003/05