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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

片付けられない!

 のっけから独断と偏見で恐縮ですが、私は世の中には2種類の人間がいると思っています。「片付けられる人」と「片付けられない人」です。会社でいろんな人と机を並べていると、それはもうはっきりわかります。どんなに忙しくても、何事もなかったかのように机の上が整然としている人。一方、どんなにスペースがあっても、いつの間にか書類が山となってしまう人……。

 何を隠そう、私は典型的な後者、「片付けられない人」です。さすがにパソコンのキーボードを置くスペースだけは確保してありますが、机の両サイドは書類の山。割り当ての本棚やキャビネットもいつのまにか一杯になってしまい、机の周辺には本やら書類やらが積み上がり、なんだか要塞のような有りさまです。しかも、始末に負えないのは、自分でも「これではいけない」と思っていることなのです。

 「片付けられる人」からすれば同じように見えるかもしれませんが、じつは「片付けられない人」も大きく2種類に分かれます。そもそも「片付けなくていい」と思っている人と、「なんとか片付けなくては」と思っている人です。仮にこれを豪気派と小心派とでも呼びましょうか。いうまでもなく、私の場合は小心派に属します。
 小心派としては、豪気派がいちばんうらやましい。小社にも、豪も豪、たいへんな強者が何人も生息しています。
 机の上が完全に物置になっていて、いったいどこで仕事をしているのか謎だらけの某先輩。メールは見ないわ、伝言メモは机に埋もれるわで、本人をつかまえないことには要件がまったく伝わらない某先輩。書類の間の猫の額ほどのスペースで、すべての作業を不思議にこなしてしまう同期の某嬢……。彼らは「自分には何がどこにあるかわかっているから」と、まったく気にする様子もありません。
 豪気派はまた、いざとなったら思い切って捨てられる人でもあります。数年前に、『「捨てる!」技術』が流行った時に、「そうだよなあ、とにかく捨てるべきなんだ。よし、もう中は見ないで捨てるぞ」と言って、たまっていた書類を一切合切、捨ててしまった先輩もいました。後で「あのペーパーがない」と騒いでいたそうですが。
 ああ、こんなふうに生きられたら、どんなにいいことか!

 私のような「片付けられない人・小心派」は、なかなかモノが捨てられない。いつか何かの役に立つかもしれないと思って、書類も郵便物も名刺も溜まっていく一方。本や資料も、「ここで捨てたらまた揃えるのがたいへんだ」と考えてしまう。
 でも、「片付けなければ」という思いだけは常にあるのです。だから私の場合、書類がたまって「もう我慢できない」となった時に、おもむろに大整理を始めてしまう。で、結局、途中で疲れてしまって、挫折。机の上が少しすっきりしただけで、紙の量は全然減っていない。本棚に至っては、会社でも家でも時々思い出したように整理を始めるのですが、「あっ、こんな本を持っていたんだ」とつい読み始めてしまい、これまたすぐに挫折。こんなことの繰り返しです。
「整理」と名の付く本もずいぶん買いました(だいたい長期の休みの前が多いですが)。『整理学』(加藤秀俊著、中公新書)、『整理術』(黒川康正著、ゴマセレクト)に始まって、『「超」整理法』(野口悠紀雄著、中公新書)、『「捨てる!」技術』(辰巳渚著、宝島社新書)の二大ベストセラーなど、新書の整理本には何度もお世話になりました。『知的生産の技術』(梅棹忠夫著、岩波新書)といった広義の整理本まで含めると、10冊は下らないと思います。けれども私の場合は、いずれも身に付きませんでした。要は自分の性格の問題なのだな、と半ばあきらめかけていたのです。

 でも、そんな私にとって、ようやく一筋の光明というべき本に出会うことができました。それが我が新潮新書5月刊の1冊『「挫折しない整理」の極意』(松岡英輔著)です。
 本書の特徴は、すべてのモノを「材料モノ」「道具モノ」「愛着モノ」に分け、生活の中でのそれぞれのモノの流れをおさえた上で、「心に負担のかからない、無理のない方法」を提示していることです。人が「簡単にモノを捨てられない」のはなぜか、それを解き明かしながら、モノとの自然なつき合い方を伝授します。
 私は本書を読みながら、自分の心理に思いいたり、何度も「そうだったのか!」と膝を打ちました。私が今までやってきた方法、考え方は、どうあがいても挫折する運命にあったことが、はっきりとわかったのです。
 私のような、「片付けたいけど、片付けられない」「捨てたいけど、捨てられない」という方、「片付けられない人・小心派」に属すると思われる御同輩の方々は、ぜひ手にとってみてください。まずはモノに対する心構えが変わって、ずいぶん気が楽になりますよ。

2004/05