新潮新書
新聞広告今昔
元旦に『国家の品格』(藤原正彦著)、1月半ば過ぎに『超バカの壁』(養老孟司著)を含む新刊のご案内と、このところ何回か新聞の全5段広告を出す機会に恵まれました。新聞の全5段広告というのは、目の玉が飛び出るくらいの値段がしますので、そう頻繁には出せないのですが、おかげさまで昨年秋の『人は見た目が9割』(竹内一郎著)以来ベストセラーが続いていることもあって、宣伝予算を増やすことができたというわけです。
本の広告というのは難しくて、大きければいいというものでもありません。表現の仕方にもよりますし、本の性格によっては新聞の一面下にある「三八つ」広告の方が効果的な場合もあります。そもそも全く同じ条件下で複数の方法を比べることなどできないわけですから、広告効果というのは正確には測りようがない。
それでもやはり、世の中にアピールしたい時には、全5段でドーンと打ち出したいというのが編集者心理というもの。新聞の2面、3面あたりに毎日のように掲載される全5段広告には、それぞれの編集者の思いがこもっていますし、試行錯誤の跡なのです。たまにはそういう目で眺めてみてください。
ところで、今のように「全5段で1冊の本を打ち出す」という広告の使い方が一般化したのは、実は新書の歴史とも関わりがあります。
1950年代、出版界は戦後最初の新書ブームに沸きます。もともと戦後すぐの頃から、紙不足という事情もあって、新書を出していた出版社はたくさんあったのですが(例えば昔の河出書房が出していた「河出新書」は1948年創刊。角川書店も1950年に「角川新書」を創刊しています。新潮社も1953年から1956年にかけて、新書より少し大きめの「一時間文庫」というペーパーバックのシリーズを出していました)、本格的なブームのきっかけになったのは伊藤整の『女性に関する十二章』(1954年、中央公論社刊。ただし中公新書ではない)がベストセラーになったことでした。これを機に新書判の刊行に踏み切る出版社が増え、結局この年になんらかの新書を出した出版社は82社に上ったそうです。なかでも圧倒的な成功を収めたのが光文社の「カッパ・ブックス」でした。創刊ラインアップの『文学入門』(伊藤整著)に始まって、『帝王と墓と民衆』(三笠宮崇仁著)、『頭のよくなる本』(林髞著)など、ベストセラーの上位に毎年のようにカッパ・ブックスが顔を出していきます。内容の柔軟さもさることながら、カッパ・ブックスの大きな特徴は、全5段広告を多用しながらベストセラーを生み出していくという、独特の宣伝手法にありました。
カッパ・ブックスの生みの親、神吉晴夫の著書『カッパ軍団をひきいて』(学陽書房)を読むと、神吉がいかに新聞広告を重視していたかがわかります。同シリーズ初のミリオンセラーとなったのは1961年刊の『英語に強くなる本』(岩田一男著)ですが、刊行から2カ月半の間に、朝日新聞にこの本の全5段広告を6回も出したのだそうです。現物の写真をお見せできないのが残念ですが、このコピーが凄い。
「20万部突破・全国ベストセラー第1位…『パンのように売れる』と評判」(「パンのように売れる」と評したのは週刊新潮。それを広告に使ったところが見事)
「50万部突破…新学期の学生の間で引っぱり凧」
「65万部突破 教室では学べない秘法の公開」
「95万部突破…電車の中でも英語ブーム」
「100万部突破! 日本出版界の新記録が出ました」
この煽り方は今の広告とほとんど違いません。というよりも、書籍の新聞広告の作り方は、この50年近くあまり進化していないと言うべきなのかもしれません。
でも50年前の話はまだまだ序の口。石川弘義・尾崎秀樹著『出版広告の歴史』(出版ニュース社)をめくっていたら、昭和初期のもっと凄い広告を見つけました。1931年(昭和6年)の『一粒の麦』(賀川豊彦著、大日本雄弁会講談社)、1938年(昭和13年)の『麦と兵隊』(火野葦平、改造社)の新聞広告です。
いずれもその年のベストセラーですが、ともかく広告コピーを並べてみましょう(漢字は新字に直しています。いずれも東京朝日新聞に掲載)。
まずは『一粒の麦』から――。
「大好評! 発売早々大増刷! この、驚異的大売行は果して何を語る?」
「売行き日に日に白熱化! 出版界驚異の大盛況! 嵐の如き激賞賛嘆」
「洪水の如き大売行! 遂に五十五版」
「どうしてこんなに売れる? 驚異! 驚嘆! 湧き返る大人気!!」
「忽ち百五版!! 世界各国の熱望により目下六ヶ国語に翻訳中」
そして『麦と兵隊』はこんな具合――。
「二百版突破! 戦火・汗血に生れた一大金字塔!! 何処へ行つても『麦と兵隊』が話題の中心だ!!」
「麦と兵隊 増刷増刷増刷増刷増刷増刷」
「450版突破 出版界に起つた物凄い一大颶風!! どこでも奪ひ合ひ引張り合ひだ!!」
うーむ、おそるべき熱さと迫力。われわれは完全に負けていますね。特に「増刷」を6回繰り返した広告は、著者名、作品名だけで内容紹介は一切なし。半5段スミベタ白抜きで、文字が全て斜めになっているという斬新なもの。計算ずくなのか、破れかぶれなのか、ともかくインパクトだけは充分にあります。 この広告コピーを見ると、「発売たちまち大増刷」とか「450版突破」(当時は部数ではなく版を前面に出していたのですね)とか、現在使われている常套句がこの時代にすでに定着していたこともわかります。企画のバリエーションも大して違いませんし、50年どころか、近代の出版業が始まってこのかた、出版界がやっていることはほとんど変わっていないのかもしれません。
ともあれ、80年前、100年前の先輩たちに笑われないように、企画内容もそのプレゼンテーションの仕方も、せめて少しでも工夫していこうと思います。今年も新潮新書は力作揃いですので、どうぞご期待ください――と書いた時点で、もう先輩たちに負けてますね。今年も新潮新書は一大颶風!! 何処へ行っても新潮新書が話題の中心だ!!(赤面)