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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

出版屋にも五分の魂

 先日、古書市でちょっと面白い本を見つけました。1950年代に朝日新聞社から刊行されていた「朝日常識講座」というシリーズです。新書より一回り大きく、選書よりは小さい判型ですが、扉のデザインは明らかに岩波新書の青版を意識していますし、当時の新書・軽装本ブームの流れを汲んだものでしょう。同名のシリーズは戦前にも出ていたようですが、戦後という時代に合わせた「新しい教養」を提供すべく改めて企画されたもののようです。ラインアップには『常識憲法学』『教育復興』といったタイトルと、当時の論説委員や部長クラスの名前が並んでいます。
 私がたまたま買ったのは、取締役兼論説主幹であった笠信太郎による『西洋と日本』(1953年1月刊)という一冊。週刊朝日に連載したエッセイをまとめたもので、当時の世相、時代の空気が随所に現れていて、まことに興味深い。読むともなしについ読んでしまったのですが、思わず苦笑したのが当時の出版事情について書かれた部分。「ベスト・セラーズ」という題で1章を割いて、こんな具合に苦言を呈しているのです。

「近ごろ私の気にかかる言葉の一つに、“ベスト・セラーズ”というのがある。実際また、やたらに目につくのである。(中略)大変に目障り、耳障りになって仕方がないといっては、出版屋さんには申訳ないことで、重々恐縮する次第ではあるが、自分の実感を偽わるわけにはゆかない」
 おそらく笠の念頭には、『少年期』(1950年)を皮切りにヒットを連発し、「ベストセラー」という言葉を流行させた光文社の神吉晴夫の存在があったはずです。奇しくも1951年のベストセラー上位は、笠の『ものの見方について』(河出書房)と『少年期』が争っているのですが、笠の文章には、「そこらへんの商業的な本と一緒にするな」という苦々しさが滲み出ています。なにしろ、「日本の書物のかなりの部分が広告によって売られるのであって、内容で売れるのではない」とまで書いているくらいですから。
 もう一つ、非常に興味を引かれたのは、「出版屋さん」という言葉遣いです。単に「出版屋」という表現であれば別にどうということもないのですが、「出版屋さん」という言葉には、明らかに侮蔑のニュアンスが感じられます。新聞社が偉そうなのは今も同じですが、50年前の朝日論説主幹の気位の高さと言語感覚にはちょっと驚きです。
 まあでもこうした反応は、そう特殊なものではなく、当時の「知識人」に共通するものだったのではないでしょうか。そして、その構図は基本的には今も変わっていないように思います。

 おかげさまで新潮新書はこのところ好調で、『国家の品格』(藤原正彦著、11月刊)、『超バカの壁』(養老孟司著、1月刊)、『人は見た目が9割』(竹内一郎著、10月刊)が各書店のベストセラー・ランキングで上位に名を連ねています。
 これだけ多くの方に読まれると賛否両論いろんな感想が出るのは当然で、そのこと自体はありがたいかぎりなのですが、たまに見当違いな論評を、しかも出版界をよく知るはずの方々がなされていることがあって、脱力することがあります。その代表例が、「この本はタイトルだけで売れた」、あるいは「安易な作りの本」といった物言いです。
 いくらタイトルがよくても、それだけで本が売れるはずがありません。確かに、手にとってもらうためにはタイトルは重要なのですが、それ以上に中身が大事なのは言うまでもありません。タイトルだけで売れればこんな楽なことはない。しかし世の中はそんなに甘くないのです。「これはいける」と思って付けたタイトルでも、後から反省したことは数知れず。だいたい、タイトル一つ決めるのにどれだけ頭を絞っていることか。「この本はタイトルだけ」などと簡単に仰る御仁は、本作りの仕事をナメているとしか思えません。
「安易な作りの本」というのは、聞き書きや講演録などをまとめたスタイルの本について批判する際の常套句ですが、こうしたスタイルを全て一緒くたにして論じること自体が、それこそ「安易」というべきでしょう。まずはもちろん話の内容が面白いかどうかですが、それがさらに原稿として面白くなるかどうかは、まとめる人間の「腕」次第なのです。
 著者からお預かりした原稿をいかにして読者に読んでもらうか。構成、目次、見出し、図版、カバー、オビのコピー、そしてタイトル。聞き書きの場合はそもそも情報の取捨選択や文体も含めて……。本が出来上がる様々なプロセスにおいて、少なくとも我が編集部では、担当者それぞれがいつも必死になって考え、工夫を重ねています。原稿をただ右から左に本にするような、そんな「安易」な作り方をしたものは今まで1冊もありません。

 基本的に本というものは、あってもなくてもいい存在です。しかし、私たちは仕事として、それを「まだ見ぬ読者」に届かせなければならない。読者でない人に、その著者の魅力、その本の素晴らしさを伝え、読者になっていただかなくてはならない。
 そのためのプロでありたいといつも思います。自分たちが面白いと思う本を、なんとかして読んでもらう。そのための努力と工夫を惜しまない。そんな職人でありたいと、いつも思っています。

 というわけで、今月の1冊も面白さは保証付き。是非読んでみてください。
★『キヤノンとカネボウ』(横田好太郎著)は、カネボウに23年、キヤノンに10年勤めたビジネスマンによる体験的企業論。日本有数の名門・カネボウはなぜ経営破綻に至ったのか。日本経団連会長を頂く技術屋集団・キヤノンの成長の秘密とは。対照的な両社の企業文化の違いを内側から描き出します。
★『サザエさんと株価の関係―行動ファイナンス入門―』(吉野貴晶著)は、大和総研アナリストが経済を動かす意外なファクターにスポットを当てます。サザエさんの視聴率、花粉症、香水、ギャンブル、観覧車……それがなぜ景気や株価と関係があるのか。ふざけているようで実は大真面目な「行動ファイナンス」の世界へご招待。
★『昭和の墓碑銘』(週刊新潮編)は、この2月で創刊50周年を迎える週刊新潮の名物コラム「墓碑銘」から、昭和を生きた54名分を厳選した異色のアンソロジー。死亡記事のクロニクルを通して浮かび上がるのは、正史には記録されることのない、まさしく「生きた昭和史」です。
★『大江戸曲者列伝―幕末の巻―』(野口武彦著)も週刊新潮好評連載をまとめたもの。1月刊の「太平の巻」に続く第2弾です。今回取り上げられたのは、皇族・将軍からクリカラモンモンの無頼漢まで総勢38人。幕末という土壇場を、彼らはどのように切り抜けたのか。歴史のドタバタをとくとご堪能ください。

2006/02