ホーム > 新潮新書 > 新書・今月の編集長便り > 「惜しまない」ということ

新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

「惜しまない」ということ

 新潮新書はこの4月で創刊3周年を迎えました。おかげさまで4月刊の4冊もたいへん好評で、連休に本が足りなくなるのではないかと、営業部は増刷の手配に大わらわ。『国家の品格』『人は見た目が6割』『超バカの壁』というヒット3作の人気も依然として根強く、各書店からの注文に必死で対応しているという状況が続いています。
 昨夜は営業の担当者を慰労しようと、飲みに誘いに行ったのですが、夜の9時を過ぎてもまだ何人も残って数字と格闘中。仕事の邪魔をしては悪いので、スゴスゴと引き上げたのでした。編集部は本を出せばそこで一区切り付きますが、営業部や宣伝部はむしろそれからが腕の見せ所なのです。

 この3年間は、編集面はもちろんですが、営業・宣伝のやり方も試行錯誤の連続でした。新聞広告の作り方、増刷のタイミング、店頭用のポップやパネルの工夫……。そういえば、今でこそ書店の新書売り場にポップやパネル、あるいは特製販売台が置かれるのは普通になりましたが、私たちが創刊する前はほとんど見られませんでした。手前味噌で恐縮ですが、新書の売り場にこうした道具を本格的に導入したのも、たぶん私たちが初めてだったと思います。
 客観的に分析すれば、新潮文庫を抱える新潮社が文庫のノウハウを新書にも活かした、などという表現になるのかもしれません。でも当事者としては、ただもう必死に知恵を絞ってきただけ。せっかく良い本を作っても、読んでもらえなければ何の意味もありません。書店の奥の方に眠っていた新書の棚を活気づけて、とにかく前の方に出してもらえるようにしなければ――。そう考えて工夫を続けてきたら、いつの間にかスタンダードになっていたという感じです。
 本に巻いているオビについても、新潮新書が意識されているのかな、というケースが増えました。私たちは初めから少し幅広いオビを使い、場合によっては本の半分くらいのオビを巻いても大丈夫なように設計していたのですが、最近は本の7割くらいを覆うオビを使う社も出てきました。これではもうオビなのかカバーなのか見分けが付きません。だったらいっそ、オビじゃなくてカバーにすればいいと思うのですが……。
 まあいずれにせよ、この3年間で新書の売り場を賑やかにすることには、少しは貢献できたのではないでしょうか。でも、仕事の工夫に「完成形」というものはありません。さらに知恵を絞りながら、新しい新書の形を作っていきたいと思っています。

 4月刊の1冊、さだまさしさんの『本気で言いたいことがある』の中に、「『惜しまない』から始めよう」という章があります。さださんはこう言います。
  「今日出来ることは、今日しか出来ないんです。明日も出来る保証はない。特に、ある年齢を過ぎたら、体力も精神力も衰えていくのは避けられない。だったら、明日出来なくなることの方が多いはずです。
 そう思ったら、惜しむ暇なんてないんですよ。
 僕は、いつも『惜しむな、惜しむな』って自分に言い聞かせながらステージに立っています。その日持ってるものは、全部ポケットから出すようにしていますからね。
  『しまった、出し忘れた』ということはあるけれど『明日にとっておこう』なんて、考えたこともない」
 本書の中で、私はこの部分は特に胸に響きました。自分の仕事を振り返ってみても、確かに思い当たることばかりなのです。
 完璧な仕事ができることは、そうありません。成功した本の場合でも、「目次はこうした方がよかった」「オビはこういう打ち出し方があった」「この部分はもっと書き込んでもらうべきだった」などと、いつもどこかしら反省点が見つかります。しかし、その時点で必死に努力した結果、惜しまずに力を出し切った結果であれば、悔いは残らない。次への課題として、前向きにとらえることができるのです。
 実際問題、出し惜しみしてもいいことはありません。ここ半年くらいベストセラーが続き業績が好調でしたので、会社員の性で「ああ、少しは数字を来年度に回したいなあ」という思いが頭をよぎることもあったのですが、きっとそんなことを計算し始めたら、絶対にうまくいかないのです。いい作品が完成したら、出し惜しみせずに、なるべく早く出す。その時点で常に全力を尽くす。やはりそれしかありません。

 さださんは、こんなふうに続けています。
 「ありがたい仕事をしてるな、と自分で思います。こんなありがたい仕事してる人間が惜しんじゃダメなんです。
 そして、惜しむほどのものを持ってるのかお前は、と自分で自分を嗤うんです。惜しんだらバレます。あ、今手を抜いてるな、余力残してるな、と客席から分かってしまう」
 われわれの仕事もまったく同じです。
 ヒット作が出ているといったところで、新潮新書はまだ3周年を迎えたに過ぎません。これからも、惜しまず、手を抜かず、面白い本を作り続けていきたいと思いますので、引き続き、ご愛読のほどよろしくお願いいたします。
 それと、3周年を機に、HPやメルマガも改良できるところは改良していきたいと思っています。まずはこの「編集長から」とメルマガの「編集長便り」は一つに整理したいと思います。だいたい編集者がそんなにたくさん書いても、面白くも何ともありません。編集部の様子を知りたいという奇特な方は、メルマガを読んでいただければ幸いです。
 決して、月に2回も書くのが面倒だとか、手を抜いて楽をしたい、などという不埒な考えからではございませんので誤解なきよう。いや、決してそのようなことは……。

2006/04