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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

恐怖の衣替え

 今年の9月は例年にない暑さでしたが、さすがに10月に入ると朝晩だいぶ肌寒くなり、にわかに秋らしくなってきました。秋分の日を挟んだ連休にはまだ半袖Tシャツで汗だくになっていたのに、その1週間後には上着なしでは過ごせないほどの変わりよう。今年は10月の暦に合わせて衣替えをされた方も多かったのではないでしょうか。
 私も例年ですともう少し長く半袖のYシャツを着るのですが、今年は10月から一気に長袖に切り替えました。ところが、まあこれがたいへんでした。半年ぶりに長袖のYシャツに袖を通してみたら、まったくサイズが合わなくなっていたのです……。

 衝撃の瞬間は、忘れもしない9月29日の午後。その日は土曜日でしたが、夕食をとりながらの打ち合わせが入っており、出かける準備をしていました。相手は初対面の方でしたので、ここはやはり失礼のないようにとスーツを選択。少し肌寒いからYシャツはもう長袖かなと、クロゼットから一枚取り出して着てみたのですが……なんと、一番上のボタンが留められないのです。
 おかしいなあ、縮んじゃったのかなあと、別のシャツを取り出して袖を通す。ところが、これも一番上だけが留まらない。いや、こんなはずじゃないと、もう何枚か違うシャツを着てみたのですが、無情にも結果はすべて同じ。
 どうやら、半年で首周りが一回り大きくなってしまったようなのです。
 さすがにこれはショックでした。このところ確かに体重も増え気味でしたし、ズボンもきつくなってはいたのですが、「でもまだズボンが入るから大丈夫」と思っていました。顔が丸くなっても、二重アゴになっても、「瞬間風速だ。誤差の範囲内」と思っていたのです。しかし、Yシャツの首周りの変化は、そんな甘い幻想を打ち砕くのに充分でした。
 社会人になってから体重はほぼ右肩上がりですが、それでも首周りのサイズが上がったのは一度しかありません。数字を書くと体型がバレてしまいますが、30代に入った頃までは41センチ。その後42センチにはなったものの、長らくそのままだったのです。多少デブになっても首周りは大丈夫だと思っていたのに、まさか43センチとは――。
 もともと夏の半袖シャツは暑さ対策で少し大きめにして43センチを買っていたのですが、その「夏サイズ」に身体が順応してしまったのです。

 結局その日は、小さくなった長袖シャツを、一番上のボタンを外したまま着て、ネクタイでごまかしました。翌日、スーパーのYシャツ売り場に走ったのは言うまでもありません。買い物につきあってくれた妻も、さすがにあきれていました。
「結婚した時は41センチだったのに、2センチ分も肉が付いたんだよ」
「そうだなあ」
「長袖シャツ、全部買い直さなきゃ。予想外の臨時出費」
「ごめんごめん」
「『いつまでもデブと思うなよ』(岡田斗司夫著)って本を出してるのに、編集長はいつまでもデブのままじゃないの」
「うーん、そうだなあ。まずいよなあ」

 そんなわけで、私も遅ればせながら10月から「レコーディング・ダイエット」を始めました。実は、岡田さんの本に感動し、9月にも何度か「記録」を試みたのですが、これまでは「土曜日に始めて月曜日で中断」という三日坊主に終わっていたのです。
 やはり、まだまだ「自分がデブである」という認識が足りなかったのだと思います。どこかで「自分はまだ中肉中背」という甘い思い込みがありました。しかし、Yシャツを全て買い直したことで、自分が着実にデブ化していることと、「デブの不経済さ」を身をもって自覚することができました。おかげで今回の「記録」は順調に続いています。
 実際、食べたものを逐一書き留めてみると、自分がいかに間食が多いかよくわかります。お酒を飲んで家に帰る途中で、ついコンビニに立ち寄ってアイスクリームを買ってしまう。「ラーメン食うよりマシだろう」と妙な理屈をつけながら、夜中に濃厚なチョコアイスを食べているわけです。そういう自分の「食の行動パターン」がなんとなく見えてきました。
 まだまだ「助走」段階ですから、岡田さんの言うように「ガマンはしない」ことを心がけていますが、記録をすることで、自分がこれまで見ないふりをしていた自らの生活習慣を客観的に見ることができるようになりました。これは、お金の使い方とか、仕事のコントロールとか、あらゆることに応用可能です。本書が発売以来、広い層に読まれているのも、そうした広がりのある岡田さんの思考法やロジックの進め方そのものが共感を呼んでいるからではないでしょうか。「発想法の本として優れている」「ビジネス書として読める」といった書評が多いのも、とてもよくわかります。

 本書の広がりは、私の身近にも及んでいます。友人の中には、本書を読んで「レコーディング・ダイエット」を始めた人がもう何人かいます。評判を聞きつけた親戚からも、「読みたいから送ってくれ」と電話がありました。この手応えは、『国家の品格』や『人は見た目が9割』を彷彿とさせます。
 ちなみに私の「首周り43センチ」にあきれたわが妻も、決して他人のことをとやかく言えた義理ではないので、何とか読ませようと画策しているのですが、こちらはなかなか手強い。あっさりこう切り返されてしまいました。「妻までもデブと思うなよ」――。

2007/10