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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

53歳の涙目、65歳のプッツン

 小沢一郎という政治家を語るときに、どうしても脳裏から離れないシーンがあります。
 1995年12月1日未明――。今はなき「新進党」の両院議員総会での出来事です。当時は村山富市内閣、いわゆる「自社さ連立」の時代。前年、わずか十カ月で政権の座を追われた新生党、民社党、公明新党、日本新党などの非自民9党派は新進党を結成し、海部俊樹党首―小沢幹事長という体制でちょうど1年を迎えようという頃でした。
 自社さVS.新進党という対決の構図の中で、最大の焦点となっていたのが宗教法人法改正問題。与党側は新進党を揺さぶるために、創価学会の池田大作名誉会長の参考人招致を強行しようとします。小沢氏はこれを阻止すべく対決姿勢を鮮明にしながら、水面下で落としどころを模索、秋谷栄之助会長の参考人招致という妥協策で決着するに至ります。ところが、この「決着」を受けて開かれた両院議員総会が大荒れになったのです。
 小沢氏ら執行部サイドは、池田名誉会長の参考人招致を阻止できたことで、「勝ち取った」という認識でしたが、党内の大勢は完全に「敗北」ムード。総会では「勝ち取ったなどと言うな」「なぜこうなったのか」などの激しい野次が飛びました。これを聞いて、それまでじっと腕組みをして座っていた小沢氏が「それじゃあ、やり直すか」と気色ばんで立ち上がろうとしたのです。「やり直せ!」という罵声も飛び出す中、睨みつけるようにして立ち上がろうとする小沢氏。それを渡部恒三氏が必死で抑えているのですが、会場は一気に険悪な雰囲気に。よほど悔しかったのでしょうか、小沢氏の目には涙がにじんでいたそうです(「Foresight」1995年第12号、「深層レポート 日本の政治」を参照)。

 このシーンは当時テレビでも流れましたので、特に印象に残っているのかもしれません。今回の辞任騒動で真っ先に思い浮かべたのも、実はこの12年前の小沢氏の顔でした。党首会談の結果を民主党の役員たちに報告し、そこで全員から反対されたとき、また同じ顔をしたのではないか。ついそう思ってしまったのです。自分の努力や思いを誰もわかってくれない――おそらく、はらわたが煮えくりかえるような思いで、キレてしまったのではないでしょうか。
 11月7日の記者会見では、「張りつめて頑張ってきた気力が途切れたというか、プッツンした」と、精神的に落ち込んだことを示唆していましたが、名古屋にいた鳩山由紀夫幹事長のところに、いきなり朝5時半に側近に車で辞表を届けさせるなど、むしろ怒りにまかせた行動という感じは否めません。石原慎太郎都知事が小沢氏のことを「ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』の主人公と同じ」と評していましたが、まさに言い得て妙。「壊し屋」と言えば聞こえはいいですが、単に自分の思うようにならないとプイと横を向いてしまう、まことに子供っぽい性格の人物、というだけなような気がします。
 実際、新進党の「その後」を見ると、小沢氏に振り回されっぱなしでした。件の両院議員総会の後、羽田孜氏と争った党首選を制し、小沢氏は党首に就きます。しかし、羽田氏や細川護煕氏らの離党が相次ぎ、97年12月、小沢氏は一方的に解党宣言をしてしまうのです(このあたりの経緯は、当時新進党内で間近に見ていた伊藤惇夫氏の『政党崩壊―永田町の失われた十年―』に詳しいですから、ぜひ読んでみてください)。
 特徴的なのは、「側近」「盟友」と言われた人たちが、次々と小沢氏のもとから去っていることでしょう。原理原則を尊ぶため、理念や政策に忠実ゆえ、とよく言われますが、何か大切な資質が欠けているような気がしてなりません。会見では「不器用で口べたな東北気質」を強調していましたが、高倉健さんじゃあるまいし、政治家が「不器用ですから」で済まされるわけがないのです。65歳のベテラン政治家が言うセリフじゃありません。

 小沢氏が両院議員総会で気色ばみ、党首に就任したのが53歳のとき。そういえば安倍晋三氏は一回り下ですから、当年53歳。こちらはほんとに涙目で政権を投げ出してしまったわけですから、プッツンよりも情けない。
 まったく、いい歳をした大人が、揃いも揃って何をやっているんだか――そう感じる機会が増えたと思われませんか? もちろん私も自戒を込めてのことです。
 なぜ日本人は、こんなに幼稚になってしまったのか。なぜこの国には、見識を持った大人がいなくなってしまったのか。そして、どうすればそれを取り戻すことができるのか――そんな問題意識からお願いしてご執筆いただいたのが、今月刊の『大人の見識』(阿川弘之著)です。
「私の場合は『老人の不見識』だけど」と謙遜されながら、御歳86歳の老文士が60年の作家生活の見聞を振り返り、「大人の見識」「大人の智恵」に思いを巡らせてくださいました。語り下ろしのスタイルですが、細部に至るまで手が入っておりますので、語り形式の阿川流随想ともいうべき滋味溢れる作品になっています。「智恵ある言葉の展覧会を開いたようなもの」とお書きになっているとおり、静かに滲みてくるような「言葉」が随所にあります。
 特に、「ユーモア」と「精神のフレキシビリティ」の大切さを説かれたくだりは、大いに共感いたしました。安倍氏や小沢氏に一番欠けているのは、実はその部分ではないでしょうか。
 個人的には、本書で紹介されている幕末の外国奉行、川路聖謨が部下によく言っていた言葉を噛みしめているところです。
「これは急ぎの御用だからゆっくりやってくれ」
 ピンチの時にはユーモアを、忙しい時こそ心の余裕を――。
 いや、とっくに締め切りを過ぎていることへの言い訳じゃありませんよ。

2007/11