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新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

なくても誰も困らない

 新潮新書はこの4月に創刊5周年を迎えます。やはり5年というのは一つの節目ですので、書店店頭でのフェアや目玉企画など、いろいろ準備を進めているところです。
 先日はある新聞から、その5周年に関連した取材を受けました。こちらとしては、取り上げてもらえるのはありがたいことですし、この5年間に感じたことを話しながら頭の整理もできましたので、よい機会だったのですが、実際に記事になったものを読むと、「真意を伝える」「相手に理解してもらう」というのは、つくづく難しいものだなあと思った次第でした。

 もともと短い記事であることはわかっていましたし、1時間話しても引用されるのはせいぜい数行だろうというのは、こちらも織り込み済みです。場合によっては、「新潮新書の登場で新書が変わった→新書が軽くなり、雑誌化した→教養が揺らぎつつある→曲がり角に立つ出版界」といった、よくある図式になるかもしれないとは覚悟していました。
 まあ実際の記事のトーンは思ったよりも好意的でしたし、状況をどう見るかは記者の自由ですから、別にそれについて何か言いたいわけではありません。私がもどかしく感じたのは、編集者という仕事についてのこちらの基本姿勢が、なかなか理解してもらえないということなのです。
 それは「読者」に対するスタンスと言い換えてもいいでしょう。この記事の中で、私は「読者は○○を望んでいる」と語ったことになっています。しかし、私は絶対にこんな言い方はしません。実際には、「我々はこういうつもりで本を作っている。結果的にそれが読者に受け入れられたということだと思う」というニュアンスで話しています。あくまで「こちらの姿勢」を語っているに過ぎないのです。それが「読者は云々」という偉そうな物言いに変換されてしまう。こういう経験は何回もあります。
 おそらく、「編集者は読者の需要を読み、計算ずくで本を作っている」という思い込みがあるのだと思います。でも、それは明らかに幻想です。読者が何を望んでいるかなんて、わかるはずがないのです。

 少なくとも我が編集部では、「今こういうのが売れているから」とか、「○○という言葉がブームになってるから便乗しよう」などという議論をしたことは一度もありません。個々の編集者がいろいろな著者の方と会う中で面白いと思ったテーマ、あるいは、「これについてもっと知りたい」「誰かがこれを徹底検証すべきだ」「この人の考えを是非読みたい」といったブレーンストーミングを繰り返す中で企画が形になっていきます。
 あくまで、自分たちが何を読みたいか、何を世の中に伝えたいか、というのが発想の基本です。そもそも読者の需要などわかるわけがないのだから、自分たちが面白いと思うものを丁寧に作っていこう――という、いたって謙虚な姿勢でやってきました。
 個人的にいつも肝に銘じているのは、「この世に〈絶対に必要な本〉というのは一冊もない」ということです。もちろん私自身にとって大切な本はたくさんありますし、本のない世界は考えられない。しかし冷静に考えれば、本は必需品ではないのです。なくても誰も困らない。その意味では、需要はそもそもゼロともいえるのです。
 だからこそ、自分たちの感覚で勝負して、需要を作り出していくしかない。自分が面白いと思った本、惚れ込んだ著者の魅力を伝えていくしかない。そして、必需品ではないからこそ、一冊一冊、丁寧に工夫を凝らして、一所懸命に作らなければならないのです。私はそう思いながらこの仕事を続けています。

 先日、遅ればせながら、任天堂のゲーム機「Wii」を買いました。「Wii Fit」のCMを見て、つい買ってしまったのです。「Wii Sports」やら何やら、ソフトもいろいろ揃えました。
 で、家族と一緒にやってみたら……ハマりました。いやいや、確かに面白い。売れるのがわかります。
「Wii Sports」のボウリングは本物そのもの。息子とやると、こちらもついムキになるくらい白熱します。「Fit」は「DS」の「脳トレ」のノウハウが上手く生かされていますし、とにかく家族全員で楽しめる。子供同士の遊びやパーティの余興としても盛り上がるでしょう。最近のゲームは「進化し過ぎて、めんどくさい」というイメージがありましたが、「Wii」はまったく違う発想でゲームのパラダイムを変えました。一人で遊んで、時間ばかりかかるマニアックな電子機器から、誰でも遊べて、そんなに時間もかけずにみんなで楽しめる「お茶の間の道具」になったのです。
「なくても誰も困らない」という意味ではゲームも同じです。しかし、あれば楽しいし、特に「Wii」に関して言えば、コミュニケーションの道具として生活を明るくしてくれるような気がします。少なくとも、我が家では久しぶりに大笑いしました。
 ヘディング・ゲームで奇声をあげながら、いい仕事をしているなあと、感じ入った次第です。

 新潮新書も、確かに読まずとも日常生活に支障はないと思いますが、読んでいただければ絶対にそれだけの価値があるものばかりだと思っています。複数で盛り上がるというわけにはいきませんが、世の中が少し違って見えてくるのは間違いありません。
 今月もそんな自信作ばかり。特に時節柄、『アラブの大富豪』(前田高行著)は必読です。世界経済を動かすオイルマネーの実像を知る上で、またとない一冊だと思います。

2008/02