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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

ギャップの話

『バカの壁』の中で養老孟司さんは、日本では本来土葬が主流だったのに、いつのまにか火葬になってしまったことを指摘しています。今では誰もが火葬を当たり前だと思っています。
 いつの間にか変ってしまった、と思うことは身近に結構あるものです。ほんの10数年前まで、大人の男性が髪を茶色や金色に染めることは、どちらかというと非常識の部類だったように思います。中年のサラリーマンでそういう人はまあいませんでした。
 学生でもそんなふうに染めていたら、「何かっこつけてんだ」と突っ込まれていたのはそう昔の話ではありません。
 それがいまではかなり固い仕事の人でも、茶髪、金髪だったりします。少し固くなくなると、ピアスをしている男性だっています。思いっきり和風の顔なのに金髪でピアス、というような人に会うと、
「お兄ちゃん、それでモテると思っとるん?」
 と火垂るの墓口調で聞いてみたくなりますが、殴られそうなので我慢します。こういうのも大人の見識です(いやたぶん違う)。

 こんなことをブツブツ言っていると、大学生くらいの若い人たちには「何だこのおっさんは」と思われることでしょう。
 多分、もっといろんなことで、こちらの常識と、大学生の常識にはギャップがあるに違いありません。両者が交わらないうちはいいのですが、新入社員が入ってくると、そういうギャップを思い知らされることがあります。
 5月刊『頭痛のタネは新入社員』は、こういうギャップについて明晰に分析した本です。著者の前川孝雄さんは、大学生のほとんどが利用している就職サイト「リクナビ」の元編集長です。多くの学生に接してきた前川さんは、「いまどきの若い者はけしからん」式のことは言いません。どうすれば、若い人と若くない人が楽しく一緒に働けるか、具体的なアイディアをいくつも呈示しています。これを読めばギャップが埋められるのでは、という気になってきます。
『川柳うきよ大学』(小沢昭一)の中にも、世代間ギャップをネタにした川柳がいくつもあります。「メール打つ その指で揉め 母の肩」というのが私の好きな一句です。他にも思わず笑ってしまう傑作川柳が満載です。
 残り2冊は、普段の生活とのスケールの違い、ギャップを感じる内容です。
『言語世界地図』(町田健)は、世界の主要46言語を選んでコンパクトにまとめたガイド。日本にいると実感がわきませんが、世界には7000もの言語があるそうです。
『ビッグプロジェクト―その成功と失敗の研究―』(飯吉厚夫・村岡克紀)は、奈良の大仏からもんじゅまで国家規模の大プロジェクトに関する一冊。核融合研究という大プロジェクトに携わっている科学者ならではの視点が盛り込まれています。髪の色がどうだこうだと小さなことを考えている己の小ささを実感させられるスケールの大きな一冊です。

2008/05