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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

大きな相手に怒る

 飽くなきリサイクルへの執念と、類まれなるビジネス魂を両立させようとしていた大阪の老舗高級料亭が廃業しました。それ自体は仕方がないんでしょうが、この件の報道ぶりにはかなり違和感を覚えてしまいました。
 街行く人や、ブラウン管の中の人が、やたらと怒っている。それがよくわからないのです。私はあの料亭に行ったことがありません。多分、一生、行くことはなかったでしょう。だからそんなに腹が立たないのです。
 常連だった、いつも接待に使っていた、いつかあそこで食べるのを人生の目標にしていた、という人は怒って当然です。でも、私はそうではありません。

 さらに、あの女将が記者会見でカンニング・ペーパーを見ていることを、非難したり、揶揄したり、という様を見ていると、これはもうイジメだよなあと思います。どんな記者会見でも、想定問答集くらい用意するのは当たり前。食品管理だってちゃんとやってなかった人が、危機管理トレーニングを受けているはずもないわけで、カンペを用意してもいいじゃないの、と思うのです。冷静に見れば相手は小さなお婆さんなのですから。
 どうせ「食の安全」で怒るなら、もっと大きな相手にそのエネルギーを使ったほうがいい。6月新刊の『「猛毒大国」中国を行く』を読めば、そんな気になるはずです。
「毒ギョーザは、ほんの序章だった……」
 著者が直撃取材で抉った暗部を知ると、そんなホラー映画のコピーみたいなフレーズが頭に浮かびます。
 発がん性薬品で漂白する春雨、本物そっくりに作り上げる人造卵、冬瓜に合成着色料を入れて作られた月餅、食塩としてまかり通る工業用塩……。「西洋医学よりも体にいい」と思っていた漢方薬すら怪しいこともわかってきます。
 さすが4000年。創業100年にも満たない料亭とはスケールが違います。

 他の3点についてもご紹介します。
『「心の傷」は言ったもん勝ち』は、現代社会にのさばる「エセ被害者」を現役精神科医が一刀両断した本です。「エセ被害者」とは、当たり屋のことではありません。すぐに「傷ついた」と騒ぐ人、「心の病」をタテにとって会社をサボったりする人、何でもハラスメントだと言う人等々、のこと。こうした「エセ被害者」が支配する風潮を、著者は「被害者帝国主義」と名づけました。社会がギスギスしていることに違和感がある方は、読むとすっきりするはずです。
『クルマ界のすごい12人』は、自動車本体の製造ではなく、その周辺のビジネスで成功した人たちの物語。ホイール、中古車販売、書籍、ゲーム等々。近年、苦境も伝えられている自動車業界ですが、タイヤの下には金が埋まっていることがよく分かります。
 そして、『日本の鉄道 車窓絶景100選』は、先月から刊行が開始された『日本鉄道旅行地図帳』から生まれた、鉄道好きには堪えられない一冊。マニア中のマニア4人が、「乗るべき路線」について議論し尽くした模様を完全収録しています。普段意識せずに乗っていた路線が、意外な高評価を得ていることもあるはずです。読めば脳内に絶景が広がること確実。
 マニア以外の方にも十分楽しめるガイドになっています。

2008/06