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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

絶対に負けられない戦い

 巨人戦の視聴率が下ったことがよく伝えられています。その一方で、以前はゴールデンタイムにはあまり見られなかったバレーボールやフィギュアスケート、サッカーなどの試合の放送は増えているような感じがします。
 いろんなスポーツをテレビ観戦しやすくなったことに文句はないのですが、一方で素人には何が何だかよくわからないというところがあります。
「あれ? この前もバレーは世紀の一戦みたいに言ってなかったっけ」
「えーと、このサッカーの試合は何を決めるんだっけ? いや、これは練習試合か?」
 お前が無知なだけだ、と言われればその通りですが、しかし私みたいな人間も少なくない気がします。そういう人間にとって、テレビでよく言う「絶対に負けられない試合」という類の表現が気になって仕方がありません。サッカーのときによく耳にする決まり文句です。
 何で絶対に負けられないのか? 負けるとどこかの島が取られるのか? それで住民が殺されるのか?
 実際のところは、「○○への出場権がかかっている」とか「リベンジである」とかいう程度のようです。まあ選手のほうが「絶対に負けられない」と気合を入れるのは大切だと思いますが、周辺がそんな物言いをするのはちょっと気持ちが悪いのです。何だか論理を根性で超越しようとしている感じというか。

 7月新刊の『昭和史の逆説』は、日本がなぜ太平洋戦争に突入したのか、その様を昭和史の主人公達の視点に立って、鮮やかに描いた一冊です。軍人や政治家が先導したのではなく、日本国民全体で「絶対に負けられない」と盛り上がって、大きな流れを生み出した様が伝わってきます。
『地獄の日本兵―ニューギニア戦線の真相―』も、同じ戦争関連の本です。こちらは、徹底して普通の兵士の視点で描かれています。ニューギニア島で日本兵達が経験した飢え、病気、先住民からの攻撃の凄まじさには言葉を失います。スポーツを軽々に戦争にたとえることが嫌になってきます。
 南方の島での激戦、ということでは、一昨年、硫黄島での戦いを描いた『散るぞ悲しき』がベストセラーになりました。その著者、梯久美子さんによる異色のノンフィクションが『世紀のラブレター』です。石原裕次郎、美空ひばり、鳩山一郎、橋本龍太郎、柳原白蓮、斎藤茂吉等々、20世紀の日本人たちはどのように想いを伝えたか、彼らの恋文を読み解いていきます。どんなに偉い人も、モテる人も、想いを告げるときには、こんな素顔を見せるのか、と驚かされます。単純な決まり文句を使わない、さまざまな表現に思わず感動してしまいました。
『ポリティカル・セックスアピール―米大統領とハリウッド―』は、現在進行形の戦い、アメリカ大統領選挙の裏側を教えてくれます。ジョン・レノンの復活とトム・クルーズの売り出しと、ビル・クリントン大統領の選挙戦略、すべてに同じ仕掛け人がいたという意外な事実が明らかにされています。

 最後にいちおう申し上げておけば、どんなスポーツでも日本が勝つに越したことはない、とは思っています。

2008/07