新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

本の出番

「実体が見えない状態で、欲のままにお金だけを回していけば、『経済は好調だ』とか何とか言っているうちに、いつの間にか目の前の酒樽は空っぽ、ということになってしまう」(養老孟司『バカの壁』より)
「資本主義が資本主義の論理を追求していった果てに、資本主義自身が潰れかねないような状況に、だんだんなってきているのです」(藤原正彦『国家の品格』より)
 思うところがあって、2冊の既刊をパラパラ開いていたときに目にとまった文章です。引用した2冊の出版年は『バカの壁』が2003年、『国家の品格』が2005年。経済が専門ではないにもかかわらず、お二人はすでに今日の事態を予見していたようです。
 金融危機の影響で、例年以上に「これからどうなるか」というテーマの本、雑誌、番組が多いような気がします。こういう先が見えないときこそ本の出番ではないか、と思っています。馬鹿と楽観的は紙一重でしょうが、かなり本気です。
 誰でもパソコンを使えるようになった今こそ、本で仕入れる知識の価値が増すはずだと思うからです。「ネットと比べてどこが優れているか」なんてことについては、面倒くさいので、いや日ごろ新書を読んでくださっている方には釈迦に説法なのでここでは触れません。

 1月のラインナップをご紹介いたします。
『マイクロソフト戦記』は、まだウィンドウズが世界を席巻する前にマイクロソフトで働いていた著者の手記。いかにしてウィンドウズが世界標準となったか、そこにいたるまでのドラマを描いています。パソコン業界だから論理的で理知的にビジネスが進むと思ったら大間違い、アナログ的人間関係が驚くほど大きな要素であることがよくわかります。
『天誅と新選組』は、好評シリーズ「幕末バトル・ロワイヤル」の第3弾。混迷する政局、テロの危険性という今に通じるテーマを扱っています。
『がんをどう考えるか』は、がんの生態をもっとも熟知している存在である放射線腫瘍医による「がん入門」。自身や周囲の人ががんになった場合、「これだけは知っておいて欲しい」という現時点での最新の基礎知識をコンパクトにまとめています。病気になると、ネットで基礎情報を検索する、というのが一般的になっていますが、包括的な知識を得るためには最適の一冊です。
『森林の崩壊』は、気鋭の若手研究者による渾身の書。世界中で砂漠化が進行している中、実は日本では森林の容積は増えているそうです。ところがそれらの有効な活用は出来ておらず、無駄に花粉を撒き散らしているだけ。また無意味な補助金がばら撒かれているという、どこかで聞いたような話がここにもあります。エコブームに代表される「森を大切に」といった掛け声とは関係なく、荒廃していく日本の森林、林業の現状を現場からレポートしています。
 いずれも今読んでも、そして数年後に開いても発見がある本ばかりです。今年も新潮新書をよろしくお願い申し上げます。

2009/01