新潮新書
悲観的な話
日本人の特性なのか、マスコミの人間の悪癖なのかはわかりませんが、ともかく活字周辺業界の人は、「本が売れなくて」という話をするのが好きです。もちろんこのところの不況の影響で、実際に全体の売り上げが落ちているような気はします。しかし、自慢じゃありませんが、この業界、世の中の景気と関係なく、同じような愚痴がずっと蔓延していたのです。
私が会社に入ったのが1990年。世間は好景気でした。でも、入社したときにすでに「本が売れなくなってきた」とか「活字に未来はない。マンガとゲームしか生き残れない」みたいなことを言う人は周辺に結構いました。
その後、ネットが普及すると「ネットに喰われてしまう」。携帯電話が普及すると「携帯にやられてしまう」。そういう類の悲観論をまた余計なお節介というか、同じ業界にある雑誌や新聞がよく書くのです。「悲観的なことを言う」→「批評的な感じがする」→「アタマが良さそうに思われる」→「異性にモテそう」というようなことを考えて、仕事をしているに違いありません。
とにかくこの20年近く、ずっと「出版はヤバい」ということを聞かされ続けてきた気がします。これでグレなかったのだから誉めて欲しいくらいです。
おそらく不況の影響は今後、活字業界にもよりシビアに響いてくるのでしょうが、しかしそれでもあえて楽観的に、本という商品のメリットを訴えていきたいと思っています。不況だからこそ、活字の価値は高まると、かなり本気で思っているからです。
新書は基本的にすべて新作で、中に詰まっている情報量は、著者の講演会やセミナーの4~5回分は優にあります。それで価格は700円前後。昨晩見た深夜の通販番組で売っていた牛丼の素、2杯分くらい。もちろん牛丼も旨いですが、場合によっては一生モノの知識を得たり、人生観が変ったりすることがあると考えれば、新書は非常にリーズナブルですし、その価値は不況の時にこそ高まると思うのです。
2月刊の4点をご紹介します。
『人生の転機』は、会社生活の中での何気ない言葉で、人生が変った、という体験談を集めたものです。普通のビジネス書と異なるのは、登場する方々が皆さん、「普通の会社員」という点。でも、そのぶん身近で胸に沁みるエピソードや言葉が詰まっています。
『中華美味紀行』は、中華料理を知り尽くした作家、南條竹則さんによる美食エッセイ。あるときは小林秀雄が好んだ「蟹まんじゅう」を求め、またあるときは路地裏でB級グルメを食し、さらにあるときは満漢全席に挑戦……。無性に中華が食べたくなる一冊です。
『眼力(めぢから)の鍛え方』は、大ヒットした「DS眼力トレーニング」の監修者である石垣尚男さんによる、「読む眼力トレーニング」。川上哲治氏の名言「ボールが止まって見える」の謎が解き明かされています。
そして『パンデミック』。ノンフィクション作家の小林照幸氏によるこのレポートは、まさに全国民必読。パンデミック(感染爆発)についての意外な事実が次々と報告されています。「体力のある者のほうが危ない」「冬場を乗り切ったから安心というわけではない」「新型インフルエンザ以外にも危ない感染症がたくさんある」「地元の医者は頼りにならない」……。こう並べると、何だか絶望的になりそうですが、私たちがとるべき対策についてもきちんと書かれています。決して悲観論だけの本ではありません。
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