新潮新書
とてつもない経験
3月のある日を境に、突然、『とてつもない日本』(麻生太郎・著)が爆発的に売れ始めました。この本の著者は言うまでもなく、現在の日本国総理大臣。2年前に刊行されてすぐにベストセラーとなり、麻生氏が総理になったときにも脚光を浴びました。
しかし、その後内閣支持率とシンクロするように、売れ行きは伸び悩み、正直に言ってこの数ヶ月は、あまり動いていないという状況でした。ところが、ネット上で「3月10日に、みんなで麻生さんの本を買おう」という呼びかけがされたことがきっかけで、売れ行きが急激に伸びたのです。結果的に、倉庫にあった在庫を全部出しても間に合わず、3回増刷。発行部数は20万部を突破しました。
いまさらながら、ネットの威力を実感しました。本が売れたこと以上に、こういう新しい売れ方を目の当たりにできたのは、実に面白い体験でした。
この件は新聞やテレビでも取り上げられました。余談ながら、その中の一つ、あるワイドショーでコメンテイター(女優さん)の方が、この運動の参加者について「他に楽しいことがないのかしら」という主旨のことを発言していたのには、非常に腹が立ったものです。
「ラーメン屋の嫁姑問題のドラマを延々と見るよりは楽しいと思いますが」とその方には言いたくなりました。
ともあれ、どなたが最初にこういう方法を思いついたのかはわかりませんが、その方はじめ、買ってくださった方、盛り上げてくださった方には心からお礼を申し上げます。
未曾有の経験のあとに迎える4月は、新潮新書創刊6周年ということで、新刊6点を刊行します。
『人は死ぬから生きられる』(茂木健一郎・南直哉著)は、脳科学者と禅僧による対談。二人の巨大な知性の持ち主による会話はまるで、剣豪の真剣勝負のようです。人生、脳、科学、仏教と多様なテーマについて、尋常ではない高いレベルの問答が繰り広げられます。対談本の最高峰だと断言できます。
『「こころ」は本当に名作か』(小谷野敦・著)は、サブタイトルが「正直者の名作案内」。「みんなが名作っていうから読んだけど、これ、本当に面白いのか」――そんな疑問を一度でも持った方にお勧めの一冊。
『新潮文庫 20世紀の100冊』(関川夏央・著)は、タイトル通り、20世紀の各年を代表する1冊を選んで解説したブックガイド。
『人生の軌道修正』(和田秀樹・著)は、景気の悪い話、暗い未来像に疲れた方にお勧めする、気持ちが少しだけ明るくなる人生論。「人は年を取ったほうが頭がよくなる」「親の介護は日本人の美風ではない」など目からウロコの指摘が詰まっています。
『黒澤明から聞いたこと』(川村蘭太・著)は、黒澤監督と20年間、公私に渡って親交を持ったプロデューサーによる回想録。黒澤監督の口調をここまで再現したのは本書が初めてではないでしょうか。その死を著者が聞いたところから始まるこの本は、それ自体が一編の映画のようで、読み始めたら止まりません。
最後の一冊、『天皇はなぜ生き残ったか』(本郷和人・著)は、気鋭の歴史学者による画期的な天皇論。「中世、天皇は権力はなかったが権威があった」といった通説に真っ向から立ち向かい、反証を挙げていきます。通説が次々にひっくり返されていく様子は極めてスリリングです。
以上、いずれもとてつもない魅力を持った新刊ばかりです。7年目の新潮新書もよろしくお願いいたします。