新潮新書
企画はどう成立するか
どんなふうに新しい企画を考えているのか、と聞かれることがよくあります。そりゃもういろいろですとしか答えようがありませんが、今回は9月刊の1冊、『日本人が知らない幸福』(武永賢・著)の成り立ちについて書いてみます。
月刊誌『新潮45』掲載の曽野綾子さんの巻頭エッセイ「休日医者(上)」を読んだのは2008年6月。発売直後のことでした。このエッセイで紹介されている武永賢さんという人に私は強く興味を惹かれました。
ボートピープルとして何度も亡命を試みたものの失敗し、最終的には17歳のときに合法難民として日本に移住。日本語がまったく話せない状態から苦学の末に医師に。同時期に帰化して日本名を取得。現在は外国人労働者たちが来院しやすいように、土、日診療のクリニックで院長を勤める――これが武永さんの略歴です。
こういう凄まじい人生を送ってきた人に、今の日本はどう映っているのか。それは本になるはずだ。そう考えて、連絡を取ったところ、会っていただけることになりました。
挨拶と雑談の後に、本を書いてみませんか、とお願いしたところ、武永さんは「そういうお話が来ることは光栄ですが、お断りしたいと思います」と答えました。いろいろと考えていることはあるが、それは他人様に言うほどのことではない、と。私も無理をして書く筋合いの話ではないと思いました。
それでもいろいろと話をしているうちに、「とりあえず試しに少し書いてみて、駄目ならやめましょう」というところで話は落ち着きました。実はこういう結論になったときは、原稿が出来上がるまでかなり時間がかかることが多く、結局まったく進まないまま終わり、ということも珍しくありません。
ところが、今回は違いました。その後、すぐにメールで原稿が届きました。しかも読んでみると武永さんにしか書けない内容です。読み終えた直後、感動してちょっとぼうっとしてしまいました。こういうことがあるのが、この仕事の一番いいところかもしれません。
その後も次々と原稿が送られてきて、驚くほど早く、一冊分となり、今月刊行できることになりました。最初に届いたエッセイは「水の幸福」という題で本書の冒頭に収録されています。とりあえず立ち読みでもいいので、この一編だけでも読んでいただければと思います。
他の新刊3点をご紹介します。
『霞が関埋蔵金』(菅正治・著)はこれ以上ないくらいタイムリーな一冊。民主党政権の最大の難点と言われている財源問題。それを解決するために避けて通れない、「霞が関埋蔵金」について、わかりやすく解説した初めての本です。官僚に騙されないよう、また官僚と政治家が結託しないよう監視するために、国民必読の書だといえます。
『政策論争のデタラメ』(市川眞一・著)も、タイムリーな内容です。医療、教育、環境等々、新聞やテレビの論調、そしてそれに迎合する政治家の言説がどれだけいい加減か、データをもとに次々喝破していきます。「日本は医師不足ではない」と聞いて「嘘つけ」と思う方は読んでみてください。
『社長、その服装では説得力ゼロです』(中村のん・著)では、第一線のスタイリストが身だしなみ、服装の常識、非常識をユーモアたっぷりに伝授してくれます。かつてハート柄の長袖シャツというアヴァンギャルドなファッションで下々の度肝を抜いた新総理にも是非お勧めしたい一冊です。