新潮新書
一刀両断は見ていて辛い
大評判になった仕分け作業の様子を見て、喝采を送った人も多いのでしょうが、「会社の会議がこんな感じだったらやりきれないよなあ」と思った会社員の方もいらっしゃるのではないでしょうか。私はそうでした。
政策論とかそういうことを抜きにして、他人を理屈で断罪する、それも人前で、というのを見るのがいたたまれなくて、辛かったのです。気が弱いからでしょう。「お前がどの口で言うか。鏡を見ろ」と部内、社内から異論が出る気もするのですが、本当にそうなのです。
12月1日発売の『人間の器量』(福田和也・著)の序章には、こうあります。
「昨日までの人気者が、あっという間に、踏みにじられる。
さきほどまで、もち上げていた人を、一刀両断して何の疑問も感じない。その変り身を恥じる事もない。
すべて、人を評価する物差しが、乏しいが故の現象です。(中略)
人というのは、複雑で多面的な存在で、そうそう簡単に切り捨てられるものではない、という当たり前のことが、今の世間から、完全に抜け落ちているのです。
一刀両断するとしても、何らかの含蓄が欲しいものですね」
仕分け作業を見ていて辛かったのは、「何らかの含蓄」が感じられなかったからかもしれません。
この本には、古今の様々な器量の大きな人の逸話が紹介されています。読んでいるうちに、己の小ささを自然と反省させられます。少なくとも私は会議で他人を一刀両断しないようにしよう、自分がされてもキレないようにしよう、と思いました。
12月の新刊、『人間の器量』は変則的に1日発売でしたが、残り4点は通常通りの発売となります。
『テレビ局の裏側』(中川勇樹・著)は、ベテランディレクターが覚悟を決めて書いた、現場発のテレビ論。人気キャスターの降板、番組スタッフ内の格差、後を絶たぬ「やらせ」問題……テレビという崩壊しつつあるビジネスモデルで今何が起こっているか。著者は深く、かつ軽快にレポートしています。なぜ新聞を読み上げるだけの「情報番組」が多いのか、なぜヘンなテロップミスが起きるのか、等々、素朴な疑問にも答えてくれていて、これ一冊で今のテレビがわかります。
『朝鮮人特攻隊―「日本人」として死んだ英霊たち―』(ベ・ヨンホン・著)は、朝鮮人の特攻兵たちを追った、渾身のドキュメント。戦時中、「日本人」として身をささげた彼らは、戦後、韓国では「国賊」として扱われました。ふたつの祖国に翻弄され、日韓の歴史のタブーとされてきた青年たちの運命には胸をしめつけられます。
『戦後落語史』(吉川潮・著)は、タイトル通り、戦後の東京落語を見つめ続けてきた著者ならではの一冊。何だかお勉強臭いな、と思ったら大間違い。落語協会分裂騒動などは、まさに落語版「仁義なき戦い」というべき、人間ドラマが繰り広げられています。戦後何度目かのブームを迎えている落語をより深く面白がるのには最適です。
『一日一名言―歴史との対話365―』(関厚夫・著)は、産経新聞の好評連載「次代への名言」の新書化。これまでの新潮新書の中でもっとも分厚く、384ページあります。これは365日、それぞれの日にちなんだ歴史的な言葉、名言を1ページに一つ、掲載しているからで、日めくりのように歴史との対話を楽しめます。今日、12月10日は、阪神タイガース誕生の日(1935年)。奇しくも翌年の同じ日が、「ミスタータイガース」、村山実さんの誕生日でもあるそうです。
今年も一年、いろいろとご愛読ありがとうございました。来年も薄くとも、含蓄のある新書を刊行して参ります。よろしくお願いします。