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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

脅しとセールス

 年末、編集部に何度か脅しのようなセールスのような電話がかかってきました。脅しとセールスは全然違うじゃないか、と思われる方もいるでしょうが、「ああ、あの手のセールスね」と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 あの手のセールス、とはいわば「逆ギレメソッド」のような押し売りです。何かの名簿をもとにかけてきた電話に対して、「興味がない」と言うと、「人がせっかく説明しようとしているのに、その言い方は何だ」と逆ギレをして、そのあとは「会わないと許さん」というようなことを言ってくるのです。
 こんな無茶苦茶なセールスで何かを買うというのは常識では考えられませんが、おそらくは数百人に一人くらい「じゃあ会います」と言う人の良い人をつかまえて、その人に強引に金を払わせているのではないか、と推測されます。要は電話を使った押し売りです。
 この手の輩は、何度も電話をかけてきて、だんだん言い方もエスカレートしていきます。年末の電話の主は、最終的に「とりあえずお前を殴りに行く。お前は会社のどこにいるのか言え」と言い出しました。
「とりあえず受付を訪ねて来てください」と言っても、「いや、直接乗り込んで殴る。言え」と言います。「怖いなあ。そんなこと言われて教えるはずないでしょう」などと適当に返事をしていたら、先方も疲れたのか、電話攻撃は打ち切りになりました。
 こういう電話のあと、大抵、私は後悔してしまいます。もう少し面白いことは言えなかったのだろうか、と考えるからです。
「うちのビルは大きいぞ。78階の5WEセクションというところにいるから迷わず来い」とか「3階の組織暴力対策課の隣の部署にいます」とかそういう返事をしていたら、相手はどう言っただろうか、と思うのです。まあ多分、もっとキレてくるのでしょうが。
 国会中継や討論番組を見ていると、「もっとこう突っ込めばいいのに」とか「なぜこう言い返さないのか」とイライラすることがあります。しかし、それは横になってテレビを見ている立場だから言える話であって、とっさに機転を利かせるのはなかなか難しいことだと実感しました。逆に言えば、ああいう場にいつも呼ばれている議員は、それなりの腕をもっているということなのでしょう。
 さて、1月新刊の『民主党代議士の作られ方』(出井康博・著)は、そういう晴れの場ではほとんどお目にかかれない、ごくごく普通の国会議員に徹底的に密着取材して描いたルポルタージュです。政権交代をもたらした総選挙で、地盤、看板、カバンを持たない候補者はどのように選挙戦を戦い、センセイとなったのか。新聞やテレビの断片的な情報では見えてこない、政治の問題を浮き彫りにしています。

 他の新刊3点をご紹介します。
『自分だけの一冊―北村薫のアンソロジー教室―』(北村薫・著)は、高校の国語教師経験がある直木賞作家が教える「マイ・アンソロジー作り」の愉しみ。講座をもとにしているので、北村先生の生徒になった気分で、小説の新しい愉しみ方を知ることができます。
『あの素晴しい曲をもう一度―フォークからJポップまで―』(富澤一誠・著)は、音楽評論の第一人者が、この50年のフォーク、Jポップの歴史を俯瞰した一冊。ミュージシャンやスタッフに膨大に取材してきた著者ならではの秘話が満載です。
『医薬品クライシス―78兆円市場の激震―』(佐藤健太郎・著)は、これ一冊読めば薬はなぜ効くか、という基礎知識から、話題の「2010年問題」まで、全てが分かるという作品です。新薬開発にどれほどの手間と金がかかるか、そのドラマには驚嘆すること必至。科学ドキュメント、ビジネス書、化学入門とあらゆる要素が詰まった一級品です。

 今年も新潮新書をよろしくお願いします。

2010/01