新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

破格の魅力

 関心のない方、そしてほとんどの方にはどうでもいいことなのですが、昨年末にガンズ&ローゼズというアメリカのロック・バンドが来日しました。東京と大阪、両方ともドーム球場での公演ということからお分かりのように、一部の人間にとってはとても関心の高いバンドです。私はその一部なので東京ドーム公演に出かけました。
 この人たちは80年代にデビューした頃から、破天荒というか傍迷惑な振る舞いで常に話題を振りまいてきました。細かく書くのはやめておきますが、簡単にいえば朝青龍よりも素行が悪かったのです。
 今やデビュー時のメンバーはヴォーカルだけになり、その彼ももう47歳。だから多少は落ち着いているのかと思いきや、そんなことはまったくありませんでした。
 東京公演の前に行われた大阪公演では、夜7時開演のはずが9時過ぎに始まり、しかも3時間以上やったものだから終演は午前零時過ぎ。終電もなくなっていたそうです。とんでもないことですが、彼らにとってこの程度の遅れは珍しくありません。
 東京では幸い、そこまでの遅れはなく始まり、大阪公演以上に長い、3時間半を超えるライブが展開されました。終演は10時過ぎだから穏当なものですが、これはこれでかなり破格です。
 通常、こういう大会場でのライブは、ある程度、内容や時間に相場があります。騒音問題なども考えると、あまり遅い時間まではやらないのが通例なのです。そもそも客のほうも2時間半くらいやってくれれば、まあ文句は言いません。
 相変わらず、世間の相場とか通例とかとまったく関係なく、やりたいようにやっている姿は何とも爽快でした。会場側が怒ってスイッチを切ったのか、時間が経つにつれて、暖房が効かなくなっている感じがしたのは気になりましたが。
 きっと大阪公演を見た人も、終電を逃して迷惑はしたものの満足したのではないかと推察します。ただし、こういう人の隣人やマネジャーには絶対になりたくないと思いました。

 2月新刊の筒井康隆著『アホの壁』もかなり破格の本です。タイトルは言うまでもなく、同じ新潮新書のベストセラー『バカの壁』を意識したものです。それが同じ新潮新書から出る時点で、尋常ではありません。
 しかもこの中身がまた強烈です。目次を見れば、一目瞭然。「序章 なぜこんなアホな本を書いたか」「第一章 人はなぜアホなことを言うのか」「第二章 人はなぜアホなことをするのか」……。全編、アホに関する考察です。読み出したら止まらない、エネルギーとブラック・ユーモアとインテリジェンスが異常な密度で詰まっている、筒井氏でしか書き得ない人間論なのです。

 他の3冊もご紹介します。
 山口謠司著『ん―日本語最後の謎に挑む―』は、新書史上もっとも短いタイトルにして、目録で最後に来ること間違いなしの一冊。そういうとキワモノみたいですが、中身は本格的な日本語論。「ん」という日本語独特の表記が生まれた背景をミステリーを解くかのように探っていきます。地下鉄「日本橋駅」の表記はなぜ「Nihonbashi」ではなく、「Nihombashi」なのか。そこから謎解きの旅が始まります。
 武村政春著『おへそはなぜ一生消えないか―人体の謎を解く―』は、カラダの中の様々な謎について、ああでもないこうでもないと考える科学読み物。表題のほか「男の乳首は必要か」「しゃべる口と食べる口はなぜ別々にならなかったか」等、意表をつく疑問を、最新の生物学知識を駆使して考察していきます。
 岡崎大五著『日本の食欲、世界で第何位?』は、2007年に刊行して好評を博した『日本は世界で第何位?』の続編。といっても、独立した本として十分に楽しめます。83か国を旅した元旅行添乗員の著者が、世界の珍しい食べ物の話から、日本の自給率の話まで、豊富な経験とデータを駆使して綴った、「面白くてためになる」本の典型です。

 いずれも破格に面白い新刊です。

2010/02