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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

新書大賞のスピーチを聞いて

『日本辺境論』(内田樹・著)が新書大賞を受賞し、先日その授賞式が行われました。この新書大賞というのは、中央公論新社が主催する賞で、今回が3回目になります。新書というのは、どういうわけかあまり書評に載りづらく、また賞の対象にもなりにくいようなので、こういう賞というのはとてもありがたいことです。
 内田さんは、受賞スピーチで「あまり人にほめられることがないのでとても嬉しい」といった旨のことをお話していました。それは謙遜でしょうが、何にしてもほめられて、編集部としても良い気分でありました。
 そのときに気づいたのは、もうすぐ30万部というベストセラーとなったこの本を日本で最初か二番目に読んだのは私ではないかということでした。担当編集者から「原稿が来ました!」と渡されて、すぐに読み始め、あまりに面白いのでぐいぐい読んで、そのまま一気に読み終えたのが昨年の夏。競争しているわけじゃないので、担当編集者とどちらが早いか確かめてはいませんが、どちらにせよ日本で(ということは世界で)ほぼ最初にこの本を読んだのは間違いありません。ともあれ、『日本辺境論』は、その時点で「傑作」と確信するに十分な素晴らしい原稿でした。
 そういえば以前、他の編集者が「この仕事で得をすること」の一つとして挙げていたのは、「誰よりも先に好きな作家の原稿を読めること」だった気がします。
 正直に言えば、真っ先に読んだあとに「うーむ……」と思うこともないわけではありません。しかし、それもダイヤの原石だと思えば、このあとどれだけ良くなるか前向きに考えられるというものです。
 荒削りな原稿が、精度の高い完成品になる過程に携わることができるのも、この仕事の面白いところなのだと思います。

 3月の新刊5点をご紹介いたします。
 まず『信念を貫く』(松井秀喜・著)。前作『不動心』が野球選手の本としては異例の売れ行きを記録、大きな反響を呼んだ松井選手の第2作目です。膝の手術、結婚、ワールドシリーズ優勝、そしてエンゼルス移籍と波乱にとんだこの数年を振り返りながら、野球、そして人生を論じています。いかなる状況でも、ぶれずに、己を貫いている松井選手の思考法は、私たちに大きな感動と示唆を与えてくれます。近頃ぶれていると評判の総理にも読んでいただきたい一冊です。
『小布施 まちづくりの奇跡』(川向正人・著)も、ある意味で「ぶれない」人たちの記録とも言えるかもしれません。安易な近代化に進まず、少しずつ風景を修理していくことで、土地の魅力を維持してきた小布施町。そのまちづくりの軌跡が具体的に描かれています。
『ちょっと田舎で暮してみたら―実践的国内ロングステイのすすめ―』(能勢健生・著)は、田舎暮らしに憧れている人必読の書。いきなり全面的な移住をするのは怖い。そんな人に著者は「一ヶ月限定の田舎暮らし」を勧めています。その経験談を読むと、たしかにこれは「いいとこどり」で面白い手で、ちょっと試してみたくなります。
『お坊さんが隠すお寺の話』(村井幸三・著)は、好評だった『お坊さんが困る仏教の話』の続編。といっても、内容は完全に独立しています。最近、『葬式は、要らない』というベストセラーが出ていますが、果たして本当に「要らない」か。なぜ多くの人が「要らない」と思ってしまうのか。お坊さんが話せない本当の話が満載です。
 そして『衆愚の時代』(楡周平・著)。ベストセラー作家、楡さんの初となる新書は、毒と刺激に満ちた社会論です。「派遣切りは正しい」「まだ株屋を信用しますか」「『弱者の視点』が国をダメにする」と章題を並べただけでも、かなり刺激的な内容であるとおわかりいただけると思います。一読して、「そうだそうだ」と溜飲を下げる人と、「何言ってるんだ」と反発する人とに二分されるであろう、論争必至の問題作です。
 この原稿も、最初に読んだときには、かなり興奮した記憶があります。

 いずれも最終仕上げが終わったダイヤばかりです。
 今月刊もよろしくお願いします。

2010/03