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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

ブラック・ジャックと島耕作

 ルックスに難がある(と自分で思っている)人の顔を美容整形で加工するテレビ番組があります。野次馬気分で見てしまうと、大抵の場合「前のままでいいじゃん」という感想を持ちます。
 これで思い出すのは、漫画『ブラック・ジャック』の整形に関する回です。田舎から出てきた地味な顔の少女が、芸能人になりたいといって天才外科医、ブラック・ジャックに整形を依頼します。最初は断った彼も、少女に押し切られて手術に踏み切る。その結果「美人」になった少女は本当にスターに。その彼女が久しぶりにブラック・ジャックのもとを訪ねると、そこには整形前の自分の顔写真が飾ってあります。ブラック・ジャックは「その顔の少女は死んだ。魅力的な子だった」というようなことを言い、彼女はショックを受ける、というストーリー。
 このエピソードはかなり印象的なもので、同年代の人と話すと、かなりの人が覚えています。「前のままでいいじゃん」と思う気持ちの何割かは、子供の頃に読んだこの漫画に影響されているのかもしれません。
 改めて考えると、子供の頃に読んだ漫画の影響は相当なものだと思います。たとえば『課長 島耕作』。敵役の同僚社員、今野輝常みたいなサラリーマンは嫌だなあと思ったものです。上にひたすらゴマをすり、下に理不尽に威張り散らす今野は、漫画界での歴代「嫌なサラリーマンキャラ」の中でも上位に入る強烈な人物でした。
 むろん実際に今の自分がどう思われているかはわかりません。島耕作のように社内でモテたこともありません。それでもまあ今野みたいにはなるまいという戒めは心のどこかで生きているように思います。
 6月の新刊『気にするな』は、その島耕作の生みの親、弘兼憲史さんの体験的人生論です。生い立ちからヒット作の裏側、超多忙な仕事ぶり等、秘話満載。一年を通してほぼ休日がゼロでも「仕事が楽しくて仕方がない」という著者の超前向きな思考に触れるうちに、読み手も元気になること請け合いです。
 その島耕作(今は社長)が最近、首相に物申しに行くというエピソードがありました。現政権の環境政策は日本の産業を破壊する、と言うのです。新刊『エコ亡国論』(澤昭裕・著)は、このテーマを正面から扱った一冊。今の環境政策がいかにデタラメで、国民に負担を強いるかをこれでもかというくらいのデータと論理を元に徹底的に批判しています。

 他の3点もご紹介します。
『開国前夜―田沼時代の輝き―』(鈴木由紀子・著)は、一般には「賄賂政治家」と思われがちな田沼意次の統治下に、実は日本の近代の種が撒かれていたことを鮮やかに示した歴史書。平賀源内、杉田玄白等、奇才・異才のエピソードに興奮させられます。
『性愛英語の基礎知識』(吉原真里・著)は、「教科書には絶対出てこない英語」からアメリカ文化を読むという試み。「デートってどのへんまでの行為を指すの?」「宣教師の体位って何?」等々、恋愛、性にからんだ英語の薀蓄が満載。ふむふむと読むうちに、アメリカ文化についての造詣がぐんと深くなります。「セックス・アンド・ザ・シティ」が好きな方も必読。
 そして最後が『編集者の仕事―本の魂は細部に宿る―』(柴田光滋・著)。著者は元新潮社社員で40年以上編集者をつとめたベテラン。いわば身内なので誉めづらいのですが、本作りのプロです。新潮新書を創刊する際に、様々な設計(紙をどうするか、カバーをどうするか、文字数、行間等々)をした人でもあります。電子出版の話題ばかりの今だからこそ「紙の本」に詰められた知恵について知っていただきたい、と思います。ハードとしての本のルックスの重要性もわかります。
 二次元ではなく三次元の人で、私が大変影響を受けた人の本だといえます。といっても、別に編集者ならずとも本好きの人ならば、確実に楽しめる内容ですので、ぜひ手にとってみてください。

2010/06