ホーム > 新潮新書 > 新書・今月の編集長便り > 出版社は全滅らしい

新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

出版社は全滅らしい

 先日、ある会合でお目にかかった異業種の人が「電子書籍の登場で、もうすぐ出版社はぜんぶ潰れます!」と朗らかな顔で予言するのを聞いて、この人は喧嘩を売っているのか、バカなのか、きっと後者に違いない、と思って、にこやかに「そうなんですかあ」と答えたということがありました。
 この予言があたるのかわかるはずもありませんが、この手のことを言う人は結構います。しかし、電子書籍関連の報道を見たり、端末をいじってみたりすると、うーむよくわからん、と思うこともたくさんあるのです。いくつか箇条書きしてみると、
○指紋は気にならないのか……画面を触ったあとに指紋が残ります。他人のはもちろん、自分のでも気持ち悪いです。ユーザーは気にならないのでしょうか。
○タチキリはどこへ行ったのか……マンガの重要な技法、タチキリ。紙面一杯に絵を描くことで迫力を出すこの技法が、まったく効果を持ちません(画面の外に枠があるから)。マンガ家の皆さんは気にならないのでしょうか。
○旅先で何冊も必要か……テレビで女性キャスターが「これがあれば旅行に何冊も本を持っていかなくていいんですね」と嬉しそうに仰っていました。一ヶ月バカンスを取れる人は別にして、普通の旅行でそんなに本を持ち歩きたいんでしょうか。私は文庫本くらいでいいですし、できれば景色を見たいです。そのキャスターもたいてい一週間くらいしか休みをもらえてないように思うのですが。
――もっといろいろあるのですが、「もうすぐ潰れる会社の奴の愚痴だよ!」と朗らかに言われそうなので、ここでやめておきます。

 さて、そのうち電子化されるかもしれないけれども、とりあえずは紙でしか読めない9月の新刊5点をご紹介いたします。
『イスラエル―ユダヤパワーの源泉―』(三井美奈・著)、『イランはこれからどうなるのか―「イスラム大国」の真実―』(春日孝之・著)は、世界の鍵を握る二つの国を理解するのに最適な新書。前者では、現地取材はもちろん、イスラエル・ロビーや現大統領への取材も敢行、なぜ人口750万人の小国がアメリカ、ひいては世界に大きな影響を与えられるのか、そのメカニズムが鮮やかに明かされます。後者はイランの意外な顔が見える一冊。ニュースでは、やたらとアメリカと対立している姿勢ばかりが目に付きますが、実は結構、西洋の文化が大好きなようで、テヘランではこっそりディスコ・パーティも行なわれているそうです。日本人には「なんでああいうふうなのかよくわからない」二つの国が、なぜそうなっているのかが、深いところまでわかる二冊です。
『企業買収の裏側―M&A入門―』(淵邊善彦・著)は、これ一冊読めば、M&Aのことが全部すっきりと頭に入る入門書。著者は実際に企業買収や合併に携わっている弁護士だけに、生々しいエピソードも満載。直接自分に関係なくても、経済ニュースの理解がぐんと深まること間違いありません。
『異形の日本人』(上原善広・著)は、大宅壮一ノンフィクション賞受賞作家の受賞第一作。鹿児島にいたターザン姉妹、伝説の秘芸を持つ踊り子、孤高の槍なげ選手……といってもなんのことやらわからないとは思いますが、新聞やテレビなどのメディアが伝えない、でも力強く生きている日本人たちの姿を感動的に描いています。「これぞノンフィクションの醍醐味が味わえる一冊」と断言できます。
『文士の私生活―昭和文壇交友録―』(松原一枝・著)は、現在94歳の女性作家が半生を振り返った交友録。川端先生、白洲氏、司馬さん、坪田先生、といった具合にもはや歴史上の人物といっていい方々の名前がぽんぽん出てきます。著者が夕飯に誘われたのに断ったのが悔やまれる、という相手は川端康成先生、という調子。ネットでどう検索しても出てこないエピソードの連続です。

2010/09