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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

タイムリーな外交論

 前にも書いた気もしますが、本を出すタイミングは難しいもので、今もしも「尖閣諸島」をテーマにした完璧な原稿が手元にあっても、それが書店に並ぶのには、超特急で一ヶ月はかかります。実際には校閲しない限り、「完璧」かどうかだってわからないので、一ヶ月というのは相当無理な話で、入稿から発売まで最短でも三ヶ月はかかるというのが通常の流れです。
 そういうわけで、「タイムリー」に本を出すのは結構難しい。もちろんオリンピックとか参議院選挙とかある程度予定が固定されているものであれば、それに合わせて刊行することはできるものの、当然、それについては同じような「タイムリー」を当て込んでいる人たちが他にもいるので競争が激しくなります。
 しかしありがたいことに、時々、以前から準備していたものが、予想以上にタイムリーなものになることもあります。10月刊の『国家の命運』(薮中三十二・著)もその一つと言えそうです。
 著者は前外務事務次官。著者は外務省入省後、一貫してハードな交渉に関わり続けてきました。六カ国協議のニュースで記者に囲まれていた姿はニュースで見た方も多いでしょう。本書は米国、北朝鮮、中国との交渉の裏話や日本外交の実力など、これまでの外交官人生を振り返りながら、日本の取るべき進路を示した、構えの大きな国家論です。
 ただし、硬い話ばかりではなくユーモアも交えながら外交の現場とはいかなるものかを活き活きと伝えてくれています。たとえば、中国との排他的経済水域を巡る交渉のとき。沿岸からの排他的水域を96海里にしたい、と考えていた日本側に、12海里を提案する中国側は意表をつく台詞で切り込んできます。
「中国が大きく譲歩しましょう。薮中さんに敬意を表して、お名前の通り三十二(海里)で合意しましょう」
 中国もなかなか面白いジャブを繰り出すものだとは思いますが、もちろんこれは日本が望む96海里からは程遠い数字。著者はこう「反撃」しました。
「あっ、ご存じなかったですか? 私の名前は今朝から六十四に変わったんですが」
 結局、交渉がどうなったのか。この先は本書をお読みください。

 他の新刊3点もご紹介します。
『核がなくならない7つの理由』(春原剛・著)もタイムリーな一冊。オバマ演説によって「核廃絶」への道が拓かれたかのような報道が日本では目立ちますが、現実はそんなに甘くない、ということがよくわかります。これ一冊読めば、核問題はすべてすっきり頭に入ること間違いなしです。
『ハゲとビキニとサンバの国―ブラジル邪推紀行―』(井上章一・著)は、京都出身の著者がリオであれこれ思いを馳せた記録。「ブラジルでハゲがモテる理由」「日本人のトホホなイメージ」といった、一見どうでもよさそうな話題を笑いながら読むうちに、いつの間にか日本や日本人について考えさせられるという味わい深い紀行文です。
『ロックと共に年をとる』(西田浩・著)は、大物ミュージシャンたちへのインタビューをもとに展開する、ありそうでなかったタイプの大人のためのロック論です。ジョン・レノンは生きていれば今月9日には70歳になっていました。そのことに感慨をおぼえるような人にはこれもタイムリーな一冊と言えるかもしれません。
 ちなみに私が初めて見た洋楽のロック・ミュージシャンは、スージー・クアトロで、当時私は10歳でした。調べてみると彼女は今年還暦。何となく感慨をおぼえました。

2010/10