新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

面白い仕事

 年末年始は例年通り、家でテレビをだらだら見て過ごしました。ほとんどお笑い関連の番組です。そのなかで、一番感心したのは、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんの休日について取材したものでした。
 番組によれば、淳さんは休日に番組のスタッフらと、ツイッターなどを活用して一般のファンたちを巻き込んだイベントを行なっているそうです。仕事ではないのでお金にはまったくなりません。それでもやっているのは、純粋に面白いことが好きだからなのでしょう。
 成功した芸人というのは、やたらとゴルフとか女遊びとか夜遊びとか、意外なほど世俗的なおっさんの娯楽へ走りがちというイメージがあっただけに(書いてみて思ったけどかなり偏見ですね。すみません)、淳さんの姿がとても清清しく見えました。俗悪と批判されても、彼の番組が強い支持を得ているのは、この「面白いことが好き」という姿勢の賜物なのだろう、と感じました。私自身は、彼の仕事のいくつかは今のテレビの中でも傑出した存在だと思っています。
 他の業種のことを偉そうに言えたもんではなくて、出版業界でも、最初は「面白い本を作りたい」というシンプルな動機を持っていたはずなのに、仕事を続けているうちに、その初期衝動がどこかに消えていくというパターンを見ることがあります。何とも残念というかもったいないというか。面白い本を作る機会はいつでもあるのに、それよりも他のことに気が行ってしまうのです。それがゴルフか異性かお金か出世かはよくわかりませんが。

 1月新刊『やめないよ』(三浦知良・著)も清清しい一冊です。43歳となってもなお現役を続け、試合にフル出場も出来る。カズダンスも止めない。その力のもととなる思考法が余すところなく披露されています。
 他の3点もご紹介します。
『冤罪の軌跡―弘前大学教授夫人殺害事件―』(井上安正・著)は、戦後の冤罪事件の原点と言える事件の全貌を描いたノンフィクション。冤罪が作られていく過程、意外なきっかけで名乗り出る真犯人、冤罪被害者と家族の繋がり等、小説以上にドラマチックな展開には驚かされます。ノンフィクションはもちろん松本清張などが好きな方にもお薦めします。
『人間の往生―看取りの医師が考える―』(大井玄・著)は、前作『「痴呆老人」は何を見ているか』が6万部を超えるロングセラーとなっている著者の新潮新書第2弾。終末期医療にかかわり続けている著者でしか書けない、医学と哲学の交差点から発せられた思考が、身体と頭に沁みていきます。
『迷える者の禅修行―ドイツ人住職が見た日本仏教―』(ネルケ無方・著)の著者は、兵庫県の山奥、自給自足で修行生活を送っている禅寺の住職。祖国で禅に出会ったドイツ人青年が、大きな期待を持って修行のため来日しました。ところがそこで見たものは……。波乱万丈、あれやこれや、てんやわんやの末に、現在の立場になったのですが、このストーリーはちょっと他に類を見ない面白さです。本格的な日本仏教論でもありながら、青年の成長物語にもなっています。『シコふんじゃった。』×『弓と禅』という感じでしょうか。
 嬉しいことに、タイプこそ違いますが、いずれも「面白い本」と自信を持って言える4冊です。今のところ、編集部には面白い本を作ることを考えている人ばかりいる状態なのです。
 今年もよろしくお願いします。

2011/01