新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

革命余話

 チュニジア、エジプト、そしてリビアへと革命が広がっています。この動きについてはツイッターやフェイスブックの影響がもっぱら語られていますが、エジプト通で知られる小池百合子代議士がテレビ番組(BSフジ「プライムニュース」)で興味深い指摘をしていました。大意を紹介すると、「ネットの影響ばかりが取りざたされるが、それ以上に現地で影響力のあるメディアは今も昔も『口コミ』です」というもの。
 私自身がツイッターもフェイスブックもやっていないからか、何だか感覚的にとてもわかる話のような気がしました。
 そのチュニジアで革命が起こったときに、個人的に心配したのは、現地の日本大使館のことでした。というのも、現在の日本大使である多賀敏行さんが、新潮新書『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった』(2004年刊)の著者で以前からの知り合いだったのです。一時期は大使館にも銃声が聞えるような緊迫した状況があったようですが、幸いご無事でした。
 この『「エコノミック・アニマル」~』は、今読んでも発見に満ちた面白い本です。表題の「エコノミック・アニマル」に関していうと、日本ではもっぱら「金のために猛烈に働く生き物」というようなネガティブなイメージが強いけれども、実は日本人についてこう評したパキスタンのブット外相(当時)にはそんなつもりはなく、「経済に長けた人たち」という意味で発言しており、むしろ褒め言葉だった、というのです。日本の住居の狭さを揶揄した言葉と思われがちな「ウサギ小屋」も、実は本当の意味は違うということを、私はこの本で初めて知りました。
 言葉に関心のある方にはぜひ読んでいただきたい本なのですが、その意味では3月の新刊『日本語教室』(井上ひさし・著)も、まさにそういう一冊です。昨年4月に亡くなった井上さんが生前、母校・上智大学で行った連続講義を再現したもので、日本語について「おもしろくてふかい」話が、実にやわらかく語られています。そうだったの? おおそうなのか! ああそういうことか!! と感嘆しながら読み進むうちに、日本語への愛情がどんどん深まる内容です。日本語を使うすべての人に読んでいただきたいと思います。

 他の新刊3点もご紹介します。
『サービスの達人たち 日本一の秘書』(野地秩嘉・著)は、様々な分野で、他の人とは一味も二味も違うサービスを提供している人たちについてのノンフィクション。表題作に登場するような秘書を欲しいと思わないビジネスマンはいないはずです。感動しつつ、ビジネスのヒントもたくさん得ることができます。
『改築上手―「心地いい家」のヒント52―』(平尾俊郎+大和ハウス工業総合技術研究所・著)は、住宅のプロたちに教わるリフォームや新築のコツを集めたもの。ちょっとした知識があるとないとで大違い、ということがよくわかります。
『プロ野球解説者の嘘』(小野俊哉・著)は、データをもとにした野球学。といっても難しいことは一切ありません。2008年の横浜ベイスターズは首位打者と本塁打王を擁しながら最下位になったのはなぜか? そう問われたときに、ちょっと野球を知っている人ならば「投手力が弱かったんだろ」と答えることでしょう。きっとそんな解説を聞いたことがある人もいるはずです。しかし、その俗説は間違いで、実は別の要因があるのだ、ということを著者はデータを駆使して証明してみせます。その手つきはまるで名探偵のよう。これから始まる野球を見るのが100倍面白くなるのではないでしょうか。
 新刊4冊(および大変な目に遭われた多賀さんの既刊)、いずれも、ツイッターでも口コミでも、読後「面白かった」と伝えたくなる内容になっていると思います。革命的売れ行きになればいいなあと夢想しております。

2011/03