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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

心痛すべからず

 東日本大震災の被災者の方に心からお見舞いを申し上げます。
 幸い編集部員はみな無事で、いまは通常通りの仕事をしております。とはいえ、本当に「通常通り」かどうかは自信がありません。やはりどこか落ち着かない。地に足が着いていない。そんな感じもします。
 今回よくわかったのは、年配者であっても戦災や震災などを経験したことがなければ、結局こういう事態に際して、中年の私や、もっと若い人と同じような反応を示す人が珍しくないということでした。要するに、落ち着いている人は落ち着いているし、あわてる人はあわてる。
 ニュースで見る、ある種の人たちを見ていると、つくづくそう思います。
 その点、やはり戦争を経験した方々は違います。震災後に部員が話を聞きに行った、大先輩の方々の腹の据わり方は、私たちとはまったく別の次元にあるのです。これについては、またいずれ形にしたいと考えています。
 4月の新刊、『日本人の叡智』(磯田道史・著)は、さらに年配、というか近世以降の歴史上の人物たちのすばらしい言葉を集めたものです。といってもただの名言集ではありません。執筆作業について、磯田さんは次のように書いています。

「もし可能であるならば、その人物が一生涯に書いた書簡から作品まで、全部読む覚悟で臨んだ。事実、全集が編まれているような人物や、著書が一〇〇冊をこえるような人物を書くのは、とりわけ困難をきわめた。わずか一週間で、重さにして数十キロの資料を山と積み、そのなかに埋もれながら必死に読破して書いたものもある。この本を書くために、わたしが自転車で運んだ資料の重さはトンの単位になるのは間違いない」
 とりあげられている言葉の一つが「心配すべし。心痛すべからず」。明治時代の実業家、馬越恭平の言葉で、「困ったことが起きたとき、心を配るのはいいが、心を痛めつけ、体までいためてしまっては、馬鹿らしい」という意味だそうです。
 ついついあわててしまう私が頭に入れておきたい言葉です。

 他の3点もご紹介します。
『世界の宗教がざっくりわかる』(島田裕巳・著)は、タイトルそのまま、これ一冊で仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教等々、あらゆる宗教の教義や関係、歴史が頭に入ります。といっても教科書のようなものではなく、刺激的な記述が満載。「ユダヤ人が金融業に多い理由」「クリスマスはキリストの誕生日ではない」「コーランにはイエスもモーセも登場する」「日本人の無宗教が世界平和の鍵になる」等々、目からウロコが落ちることを保証します。
『がんの練習帳』(中川恵一・著)は、日本人の2人に1人がかかるという「がん」についてのさまざまな知識が、読み物仕立ての闘病記を読むうちに、頭に入ってくるという一冊。著者名を見て、何かピンと来る方もいるかもしれません。中川さんは、震災後、放射線医療の専門家として連日、テレビで冷静かつ明快な解説をしていらっしゃいます。がんになってもあわてないために、国民必読です。
 最後の1冊は『政権交代の悪夢』(阿比留瑠比・著)。阿比留さんは産経新聞政治部官邸キャップ。お名前は、ネットのニュースでもお馴染みかもしれません。本書は民主党政権の内幕に鋭く切り込んでいます。現在、危機管理能力の欠如が指摘されている菅内閣の問題点も、これを読むとよくわかります。いまとなっては細かい話なのですが、鳩山前首相が、反捕鯨国の首脳と会ったときに、「私は鯨肉が嫌いです」と言って媚を売ったというエピソードには心底情けなくなりました。
 あまりの愚かさに情けなくなったり、頭に血が上ったりするのですが、そういうときには「心配すべし。心痛すべからず」と自らに言い聞かせるようにしようと思います。
2011/04