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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

ちょっと古い本の話

「社会が本当に進歩するというのは、どんどん変化するのではなく日々平穏になっていくことなのではないでしょうか。つまり、我々が今防げない危険をだんだん封じ込めていけるようになることが進歩しているということになる」
 少し前に必要があって、久しぶりに開いてみた『超バカの壁』(養老孟司・著)で見つけた文章です。この本の刊行は5年前。『バカの壁』が売れて以来、人生相談の類が増えたとこぼす養老先生に、「じゃあ、一挙にそういうのに答える本を作りましょう」と提案して形になったのが、この本でした。今読んでも、いや今のほうが腑に落ちる指摘が多く、冒頭の文章はその代表と言えるように思います。
 震災以降、注目を集めている新潮新書の既刊には、『原発・正力・CIA』(有馬哲夫・著)があります。唯一の被爆国で、国民規模の反原水爆運動が起こっていた日本で、なぜ原発が導入、推進されたのか。世論はいつから「原子力の平和利用推進」を認めるようになったのか。その経緯について、CIA文書をもとに丹念に追った力作です。
 ちなみにこちらの刊行は2008年。速報性ではネットやテレビはもちろん、新聞、雑誌にもまったく敵いませんが、情報の厚みでは書籍が一番ではないか、と改めて感じています。
 もっとも、新潮新書の5月新刊は、あまり震災と関係のないものばかりです。去年から企画していたものがこの時期に形になったからであって、私たちが震災のことを考えていないというわけでは決してありません。そのことはそのことでまた本を出すつもりですが、ともあれ今月の新刊は、以下の4点です。

『ラー油とハイボール―時代の空気は「食」でつかむ―』(子安大輔・著)は、飲食業界のコンサルタントとして活躍している著者によるビジネス書。食べるラー油、ハイボール、奇跡のリンゴ、カフェ、ドーナツ等々、飲食業界のトレンドを著者が分析していくうちに、すべてのビジネスに通じるセオリーやアイデアが見えてきます。「食べるラー油を生み出したのは“ずらし”の発想」とか「奇跡のリンゴとAKB48に共通する戦略」とか「なぜ食べ放題は儲かるのか」とか、面白そうな内容がずらり並んでいます。私も読んですぐにずいぶん自分の仕事の参考にしています。
『喜婚男と避婚男』(ツノダ姉妹・著)も、時代の空気を読むのに役立つ一冊。「喜婚男」とは、結婚後、「オウチ」にいるのが楽しくて仕方ない、というタイプの男性のこと。「イクメン」はその典型です。「避婚男」は、とにかく結婚から逃れようとするタイプの男性のことで、「草食系」はこちらに近いでしょう。著者によれば、現在の若い男性はこの2タイプに大別されており、実は世の中のブームも彼らの動向が決定付けている、といいます。昨年流行った「家電芸人」などは、明らかに「喜婚男」から派生している、といった鋭い指摘が詰まっています。ちなみに著者は、角田(ツノダ)さんというマーケッターの姉妹なので、こういうペンネームとなりました。
『将軍側近 柳沢吉保―いかにして悪名は作られたか―』(福留真紀・著)は、新進の歴史学者による意欲作。柳沢吉保といえば、ドラマや映画では、女性を使うなど汚い手で将軍を操ろうとした悪者として描かれるのが定番です。しかし、どうもこの悪名、いわゆる風評被害というか捏造に近かったのではないか、というのが、史料を丹念に読んだ著者の結論です。では、なぜそんな悪名が作られたのか――その謎が鮮やかに解かれています。
『マイ仏教』(みうらじゅん・著)は、みうらさん流の仏教入門。みうらさんは、小学生のときから自分の寺を持つことに憧れ、大事にしていた仏像が壊れた瞬間に「諸行無常」という言葉が頭に浮かんだというのだから、筋金入りの仏教好き。MJ(みうらじゅん)流だけに、小難しいことは一切なく、それでいて仏教の本質に触れた気にもなれること請け合いです。面白くて深くてまた面白い、稀有な仏教入門です。
2011/05