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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

1冊すでに店頭に並んでいます

 いつもはこのメルマガでご案内をしてから数日後に新刊が出るのですが、今月はイレギュラーで1冊、先に店頭に並んでいます。
 その本は『復興の精神』。9人の方の共著で、著者は養老孟司さん、茂木健一郎さん、山内昌之さん、南直哉さん、大井玄さん、橋本治さん、瀬戸内寂聴さん、曽野綾子さん、阿川弘之さんという豪華なラインナップです。
 東日本大震災以降、これからの日本人はどのように考え、どのように生きるべきか。この大きな問いに正面から答えた一冊です。震災から3か月目には刊行したい、と考えて早めの配本としました。
 当然のことながら、この本の企画のスタートは震災後。6月刊行とすると、刊行まで実質2か月半くらいしかありません。そのシワ寄せは筆者の方々に行きました。ただでさえ忙しい方々に、大変な状況で、急ぎの原稿をお願いするのには、とても気が引けましたが、皆さん快諾してくださいました。普段にも増して忙しいときに、普段にも増して熱の入った原稿をくださいました。
 最初に思いついて連絡した養老さんからのメールの中に、「年寄りはここぞとばかりに頑張る」という一文がありました。
 この文章を見て、そうか、年寄りが頑張るのならば、こちらも負けてられないと思い、随分勇気付けられたものです。
 通常、1冊の新書については担当者も1人ですが、今回は編集部全体で作りました。いわば雑誌的なやり方です。次々、届けられる原稿はいずれも素晴らしく、それを読むことそれ自体が、自分達自身の精神の復興につながっているような感じでした。
 あの日以降、何となく落ち着かないという人。無力感に苛まれている人。テレビの「がんばろう」「ひとつになろう」といったメッセージに文句は言わぬがちょっと違和感を持っている人。そんな人にぜひ読んで頂きたいと思います。

 6月の新刊、他の3点は通常通りの発売です。
『オバマも救えないアメリカ』(林壮一・著)は、アメリカの底辺を生きる人たちの生の声を丹念に聞いて歩いたルポルタージュ。マイノリティ、貧困層の期待を一身に背負って大統領となったオバマは、アメリカをチェンジすることができたのでしょうか。本書に登場する有色人種やホームレスらの話を聞く限り、とてもそうは言えないようです。黒人が虫けらのように殺される、全米一危険な地域でも取材を敢行しただけあって、圧倒的な迫力のある力作となっています。
『まいにち富士山』(佐々木茂良・著)は、他に類を見ない本だと断言できます。著者の佐々木さんは元教師。64歳で富士山に初登頂して以来、その魅力に取り憑かれて、これまでに何と800回以上も登頂しています。要するに天候が許す限り、毎日、登っているのです。まさに、毎日富士山です。「そんなこと出来るの?」と驚くかもしれませんが、実際、出来ているのです。それどころか「1日2回」登ったことすらあるのです。そんな奇跡の人が、富士登山のコツ、魅力、すべてを書いたのがこの本。読むだけでもいいですし、一度は登ってみたいという人は読んで損はしません。
『生物学的文明論』(本川達雄・著)は、ある意味で『復興の精神』と対になる本です。生物学者の目から、現代文明を鋭く批評し、「ヒトはどこで間違えたのか」という大きな問いに答えます。とはいえ、とても読みやすく、ユーモラスな内容になっていて、生物学の面白さを味わううちに、深い思索の世界へと進んでいくことができます。脳みそのないナマコが実に上手に生きているとはどういうことか。脳みそのあるヒトがあれこれしくじっているのに……。スラスラ読めて、なおかつ知的興奮を味わえることを保証します。読後感としては『日本辺境論』に近いかもしれません。

2011/06