ホーム > 新潮新書 > 新書・今月の編集長便り > 反対の意見を知る

新潮新書

今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

反対の意見を知る

 仕事柄、「普段からすごくたくさん本を読んでいるのでしょう」と言われることがあるのですが、実際には部内で進行中の原稿を読むだけでも結構大変なので、完成された本の読書数でいうといわゆる読書家の方の足元にも及びません。最近読んだ本の中で、面白かったのは『裁かれた命 死刑囚から届いた手紙』(堀川惠子・講談社)でした。面白かった、というと些か軽すぎるかもしれません。1966年に起きた強盗殺人事件で死刑判決を受けた男の人生を著者が辿っていくというノンフィクションです。
 この事件を発生当時、検事として担当したのは、テレビなどでもお馴染みの土本武司氏。本人が罪を認めており、しかも極悪非道の犯罪ですから、検事ならば死刑で当然と考えそうなものなのに、土本氏はずっとこの事件について複雑な想いを抱えてきました。その理由は犯人が獄中から土本氏にあてた数多くの手紙の文面にあったのです。著者はこの手紙をもとに、犯人の人生を丹念に追っていきました。すると次々と意外な事実が浮かび上がってきます。一見地味そうな話に思われるでしょうが、見事な取材力と文章力で、一気に読まされます。
 本文や略歴を読む限り、著者の司法制度や死刑制度に関するスタンスは、私とは必ずしも意見が同じではありません。しかし、反対の立場の人の考えをきちんと知ることができて、とても良かったと思いました。いろいろ考えさせられました。自分と似たような意見の本ばかり読んでも、刺激は受けないとつくづく思いました。
 7月刊の『新・堕落論―我欲と天罰―』(石原慎太郎・著)は、タイトルや著者名を見ただけで、「意見が違うから読みたくない」と思う人もいるかもしれません。それはそれで止めませんが、できればちょっとでも開いてみていただきたいのです。東日本大震災、尖閣諸島問題、日本人のモラルの低下、国力の衰退等々、日本が抱えるあらゆる問題について強いメッセージが語られています。その確信は比類なきものです。大体どんなことが書いてあるかわかっているさ、というような方こそ衝撃を受け、刺激を受けるはずです。

 7月の新刊、他の3点をご紹介します。
『都市住民のための防災読本』(渡辺実・著)は、帰宅難民、高層難民、避難所難民にならないためにはどうすべきか、具体的なアイデア、ノウハウが詰まっています。もともとは『高層難民』というタイトルで2007年に刊行したのですが、大震災を受けて全面的に改訂しました。帰宅時に「帰宅支援マップ」をアテにするな、といった指摘にはハッとさせられました。もちろん都市住民以外の方にも役に立ちます。
『「おひとりさま」の家づくり』(天野彰・著)は、これから家を作る人、作りたいと憧れている人のために、こちらも具体的なアイデア、ノウハウが詰まっています。設計士や土地の選び方から具体的な間取りのアイデア、震災対策まで。「おひとりさま」とありますが、これは家を作る際には住む人、一人一人が満足できるように、おひとりさまの気持ちで作ると上手くいく、という意味も含まれています。ですから、お一人さまにも大家族にも必ず役に立ちます。
『ディズニーランドの秘密』(有馬哲夫・著)は、なぜディズニーランドが他の遊園地とは異なる特別な存在なのかがよくわかる一冊。著者は、その差は「ストーリー」にあると考えます。ランドを作ろうと考えたウォルト・ディズニー自身のストーリー、ランドのアトラクションの背景にあるストーリー等々。なぜアメリカ的なランドの中にあるホーンテッドマンションが欧州調なのか、といった謎も解明されています。夏休みにランドに行く前に読むと、面白さが倍増することは確実です。

2011/07