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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

「街の声」は要らない

 メディア、主にテレビや新聞では大きな事件や出来事のあとに「街の声」をよく紹介するのですが、あれは必要なのでしょうか。その分の時間やスペースを専門家の意見に割いたほうがマシだと思うのですが、各社に「街の声担当者」みたいな閑職の人がいて、喰わせるために仕事を作らなければいけないというような込み入った事情があるのでしょうか。
 都内の新橋駅前には、この種の声を採取すべくテレビのクルーがよくうろついています。酔っ払ったおじさんがたくさんいて、そういう人はフランクに取材に応じてくれやすいからです。しかしそもそも酔っ払いに話を聞いてどうなるというのでしょうか。それがいいのなら、酩酊して会見した大臣をあんなに責めなくてもよかった気がします。
 野田新総理が決まる前には、「この人、知らない」といった「街の声」が紹介されていました。知らないのは自由ですが、代表選に立候補したのはたかだか5人程度なんだから、それを堂々と言う神経も、またそれを紹介する意味もわかりません。
 野田さんに限らず、新総理が決まった後に流れる「声」ももうわかっています。「しっかりやってもらいたい」か「誰がやっても同じ」か。多分、数年前に街で取材したビデオを使い回しても、バレないでしょう。

 10月新刊の『リーダーシップ―胆力と大局観―』(山内昌之・著)は、指導者に必要な能力は何か、私たちは何を求めるべきかについて、歴史家の目で深く分析した一冊です。鳩山、菅政権の失敗に失望と憤りを感じた著者だけに、全編を通じて凄い熱量が感じられます。登場するリーダーは、保科正之、山岡鉄舟、福沢諭吉、リンカーン、石原莞爾、山口多聞、吉田松陰等々。古今の名指導者とされた人々の決断、振る舞いは一つ一つが感動的です。

 他の新刊3点もご紹介します。
『ねじれの国、日本』の著者は、堀井憲一郎さん。「週刊文春」の名物連載だった「ホリイのずんずん調査」のファンだった方も多いとは思いますが、本書は堂々たる「日本論」。建国記念日はなぜ建国記念日なのか?という意表をつく問いから始まり、次々と私たちの抱えている日本についてのモヤモヤが解消されていきます。
『国民ID制度が日本を救う』(前田陽二・松山博美・著)は、かつて「国民総背番号制」と称されて、忌み嫌われた制度の意義を問い直す一冊。実はアメリカ、韓国、北欧等々、世界の多くの国で同様の制度が導入済み。導入すれば行政効率が大幅にアップし、歳出削減にもなるという提案です。「でもプライバシー侵害が心配」という人にこそ読んでいただきたいと思います。
『法然親鸞一遍』(釈徹宗・著)は、なんだかお経みたいに漢字が並んでいますが、タイトルの通りの内容。日本の浄土仏教の思想、流れが一気にわかります。「法然と親鸞が一遍でわかる!」がキャッチコピーです。

 言うまでもなく、いずれも街でイージーに聞く話とは比較できないほど深い内容の本ばかりです。

2011/10