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今月の編集長便り 毎月10日のメルマガで配信さている「編集長から」を「今月の編集長便り」として再録しました。こんなことを考えながら日々仕事しています。

女優さんからの電話

 もう十年以上前の話。当時私は週刊誌の記者でした。ある夜、トイレだったか食事だったかに出かけていて、席に戻ったところで同僚にこう言われました。
「女優のPさんから電話がありましたよ。またかけ直すって言っていました」
 その有名女優Pさん(イニシャルではない)とは、親交はまったくありません。接点はさらに数年前、デート現場で直撃取材をしたことがあり、その時に名刺を渡した、という程度。その後連絡をいただいたことは一度もありません。
 女優から電話を貰うなんてことは一度もなかったので、ちょっとわくわくしました。フィクションの世界では、芸能人が自分で編集部にクレームつけたり殴りこんだりといった描写がありますが、そんなことは基本的にはありません。
 残念ながら結局、その後電話はかかってきませんでした。いまだに何の用だったのか不明です。
 実のところ、Pさんならばこういうことがあっても不思議はない、という気もしました。若い頃はアイドル的な人気があったPさんでしたが、ある時期からは奇矯な行動でも知られるようになっていたのです。そういえば直撃取材の時のコメントも今ひとつ、よくわからないものでした。きっと私への電話も凡人にはわからない動機によるものだったのだろう、と思うのです。
 Pさんのことを思い出したのは、12月新刊の『問題発言』(今村守之・著)を読んだからでした。「一億総懺悔」から「天罰」まで、戦後日本を騒がせた様々な問題発言が80以上収録された前代未聞の内容です。これにPさんも登場するので、古い話を急に思い出したのでした。本の登場人物は基本的に全部実名なので、お読みになれば大体誰のことを指しているかはわかるのでしょうが、ここでは勿体ぶって名前を出さないようにしておきます。
 近頃はPさんの姿はテレビで見なくなりました。様々な規制コードが厳しくなっている影響もあるのかもしれません。しかしそういう人が暗躍、いや活躍しているテレビのほうが魅力的だったような気もします。胡散臭くて、得体の知れぬ危険性があった頃のテレビは面白かった。そういう声はよく聞きます。

 同月新刊『テレビ局削減論』(石光勝・著)は、「なぜつまんない番組ばかりなのか」「なぜ通販ばかりなのか」といった不満、疑問に答える一冊です。長年テレビ業界に身を置き、キー局の役員も務めた著者が、ビジネスモデルとしてのテレビの限界を示しつつ、その生き残りの解決策として「民放局の削減」を提案しています。テレビのみならず、新聞、ネットといったメディアの全体像が見える内容です。
 残りの新刊2冊もご紹介しておきます。
『江戸歌舞伎役者の〈食乱〉日記』(赤坂治績・著)は、どこから読んでも美味しい一冊。江戸時代の人気歌舞伎役者、三代中村仲蔵は食べることがとにかく好きで、全国を旅した際に食べたものを詳細に記録していました。その記録は自伝『手前味噌』に活かされています。この自伝から食に関する面白い部分だけをつまみ食いして、食べ物別に分類してみたのが、今回の新刊です。いわば江戸時代のグルメ役者による「くいしん坊!万才」。マツタケの出汁で食す蕎麦、獲れたてのタケノコに卵を流し込んだ蒸し物等、現代でもご馳走として通用しそうなものから、ちょっとしたゲテモノまで、江戸の食文化の豊かさがよくわかります。
『「お手本の国」のウソ』(田口理穂他・著)は、世界各国の邦人から寄せられた常識がひっくり返るレポート集。日本人は外国を褒めて自国を貶めるのが得意ですが、実際のところどうなのかを現地に暮す日本人が報告してくれます。たとえばこのところ教育が語られる際に、お手本として取りあげられるものに「フィンランド・メソッド」があります。しかし、実は彼の地にはそんなメソッドは存在していないそうです。フランスが少子化対策に成功した、というのもよく聞くストーリーですが、実情を聞くと必ずしもお手本には出来ないような感じです。理想の世界なんてそう簡単には実現しない、ということがしみじみとわかります。

 少し気が早くて恐縮ですが、今年もお世話になりました。
 来年もまたいい意味で問題となる新刊を出していきます。
 よろしくお願いいたします。

2011/12